57号 OPINION 特集【連携でつくる新しい国立大学のカタチ】
日本初の運営法人統合で、次代の革新的大学モデルの創出を目指す
東海国立大学機構長
名古屋大学総長
松尾清一
(左)
東海国立大学機構
総括理事・副機構長
岐阜大学長
森脇久隆
(右)
少子高齢化への対応をはじめ大学が多くの課題に直面している今、国立大学のさらなる改革を後押しする制度として注目されるのが、2019年の法改正により可能となった「一法人複数大学制度」だ。
東海地域に拠点を置く名古屋大学と岐阜大学は、2020年4月、他に先駆けて、この制度を活用した運営法人統合を果たした。
共同で設立した「東海国立大学機構」のもと、アンブレラ方式による次代の大学モデルの創出を目指す。
本号では、機構長を兼任する松尾清一名古屋大学総長と、総括理事・副機構長も務める森脇久隆岐阜大学長が、統合実現の経緯や今後の課題、将来像などを語った。
聞き手:東京新聞/中日新聞 論説委員 早川由紀美
――今回の運営法人統合の背景に、「危機感の共有」が あったと聞いています。どのようなことでしょう
松尾:少子高齢化による学生数の減少や国際的な人材獲得競争の激化、さらに厳しい財政やレピュテーションの問題など、どの大学も将来に向けて多くの不安や困難を抱えています。そうした中、単に生き残るためだけではなく、これからの発展に向けて何をするべきか、ということを名古屋大学では真剣に模索していました。本学は2016年に指定国立大学法人の申請を行いましたが、それに合わせて考えたのが、国立大学同士が相互に補完しながら機能と体力の強化を図り、地域にも貢献していくという構想です。これを東海地域の国立大学長に伝えたとき、直ぐに反応、賛同してくれたのが岐阜大学でした。
森脇:岐阜県の人口は現在約200万人ですが、20年後には150万人に減ると推計されています。地域創生を担う使命を持つ国立大学として、危機感は相当に強かったのです。松尾先生の考えを聞き、世界トップレベルの研究大学を目指す名古屋大学と、地域活性化の拠点を目指す岐阜大学が手を結べば、研究力と教育力を大きく高めていけると確信しました。松尾先生は、私と同郷で専門も同じ内科医。経歴にも共通点が多い旧知の間柄です。大きな組織をまとめる力のあることは承知していましたから、安心して話を進めていけました。
松尾:ありがとうございます。森脇先生は、常に大学と地域の関係を真摯に考えている方で、フォーザパブリックの姿勢も一貫している。さらに、今の場所にとどまらず、大学を未来に発展させていこうという意志も強固。間違いなく一緒にうまくやっていける方です。
――統合には苦労もあったと思いますが、自治体や産業界など周囲の反応は
森脇:もともと岐阜大学は、工学部と医学部が県立から始まった歴史があり、昔から県とのつながりが非常に強い大学。最初に法人統合のプランを県知事に伝えると、「高等教育における道州制の先取りですね」と統合の本質を見抜き、前向きの評価をしてくれました。また、地元の財界や国会議員の方々からも、概ね応援するという声をいただきました。こうした反応は取組を進める追い風になりましたね。
松尾:名古屋大学の場合は、愛知県内に国公私立を合わせて51もの大学があることもあり、岐阜大学ほど県との結びつきは強くありません。他との統合が県に及ぼす影響は少ないでしょう。しかし、産業界の見方は異なります。東海地域は売り上げ1,000億円以上の企業本社が数多く存在する世界有数の製造業の集積地であり、県境を超えたサプライチェーンが形成されている。大学が県という囲いにこだわり続けることは、産学連携の観点からは非常に効率が悪いのです。ですから中部経済連合会をはじめとする産業界の方たちは、今回の法人統合を非常に価値あるチャレンジであると評価し、全面的に応援したいと言ってくれました。
――教職員など学内の反応はどうだったのですか
森脇:岐阜大学では、反対というより不安の声が多かった。名古屋大学との相対的な力関係から、大が小を飲み込むのではないかと。しかし、これから大学の強みをさらに尖らせ、地域貢献を深掘りしていくためには、岐阜大学単独の力では限界があることを、学内に対して丁寧に説明しました。松尾総長を岐阜大学キャンパスに招いての全学説明会を何度も開催して、少しずつ不安を払拭していったのです。
松尾:名古屋大学でも最初は賛否両論がありましたが、単に節約や合理化のための統合ではないことを訴えて理解と同意を広げました。統合によって全く新しい日本の大学像をつくり、さらなる進化と発展を目指すのだと。こうした前向きな改革でないと、やっていて構成員の人たちも楽しくないですから。それでも「何のための法人統合か」「どんなビジョンを描いているのか」ということを全学的に共有できているかというと、まだまだなのが実状。将来に向けて構成員のマインドセットを変えていくことが課題です。同じように受験生やその保護者、高校、予備校などへの周知もこれからです。
――機構トップには両大学の学長以外が就く選択肢もあったと思いますが、松尾総長が機構長を、森脇学長が副機構長を兼ねる体制になりました。その理由は
松尾:今回は全てが「初めて」という特別な事情があったことが大きい。統合を言い出したのが私と森脇先生でしたから、機構長選考会議でも、これまでの経緯を全てわかっている二人に初代は任せようと判断されたのでしょう。
森脇:ただ、将来的には学長以外の人間が機構長に就くという構造もあり得ます。アメリカやフランスなどの大学にお手本となるモデルもありますから。政財界や官界で経験を積んだ人が機構長となり、ロビイストやファンドレイザーとしての役割を果たしていくということになるかもしれません。
――研究面ではどのような取組が進んでいるのですか
森脇:機構直轄の研究拠点として、世界最先端を行く糖鎖の研究を推進する「糖鎖生命コア研究拠点」を岐阜大学キャンパスに設置しました。糖鎖研究は、岐阜大学が糖鎖の合成とイメージング、名古屋大学が糖鎖の生物機能の解析で共に強みを持っており、今回の法人統合で日本最高レベルの研究体制が整いました。ここには糖鎖研究の第一人者とされる研究者も他大学から移ってきました。東海国立大学機構の名のもとで魅力的な「場」を用意することが、人材の充実にもつながることを感じました。
松尾:中部地区において自動車産業の次に来る産業として期待を集めている航空宇宙産業への貢献を目指す「航空宇宙研究教育拠点」も設置します。次世代の航空宇宙開発は、以前より岐阜大学が県や産業界と進めていた分野。製造技術に強い岐阜大学と、設計やシミュレーションに強い名古屋大学の持ち味を生かしつつ、産官学共同の開発研究を推進します。2021年春に岐阜大学に「航空宇宙生産技術開発センター」の開所を予定しています。
森脇:そのほか農学分野で両校は、それぞれの学部長や研究科長を交えて60 回近くもの話し合いを行い、他学部に先行して連携を深めてきました。こうした現場レベルに根ざした研究を発展させる場として「農学教育研究拠点」をつくります。両校の農学分野の教員数を合わせると、北大、東大に次ぐ体制となり、これからの農業課題の解決に向けて、より幅広い貢献が可能となるはずです。
また、両大学病院の電子カルテデータを統合利用するためのシステムを構築し、地域医療や医療教育の向上、医療研究の強化を目指す「医療健康データ統合研究教育拠点」も整備します。
――研究は理系分野が中心のようですが
森脇:もともと東海地域の大学は、人文社会系よりも理工系が圧倒的に強い特徴があります。今回の統合でも、研究面での恩恵は理系分野に偏っているのが現状。しかし、これからの社会を構築していくためには文系の力が絶対に必要ですから、人文社会系の研究の充実は今後の課題です。現在、文系を含めた大学の学問がどれだけ社会に貢献できるかを目に見えるようにする「社会システム経営学」に取り組むセクションを立ち上げる企画も進めているところです。
――今後の展望を聞かせてください
松尾:法人化以降の国立大学は、地域貢献型の1 類型、専門分野に特化した2 類型、世界トップレベルの教育研究を進める3類型に分かれていますが、私たちは1類型の岐阜大学と3類型の名古屋大学を合わせた「4類型」という、全く新しい大学像を未来に向けて提案していきたい。そのためには、両校の構成員が積極的にアイデアを出し、活発に議論していくことがもっともっと必要です。日本の大学はずっと欧米の後追いをする形で発展してきました。しかし、これからは日本らしいユニークさと普遍性を持ち合わせた大学モデルをつくっていくべきです。私たちはその先駆けとして、高い志を持って果敢に挑戦していきたいと思っています。
森脇:東海国立大学機構は、岐阜大学と名古屋大学でスタートしましたけれど、これが最終的な形とは考えていません。法人の統合は、膨大な規約の整備や事務組織の改革、システムの共通化など本当に大変なことだらけです。それでも私たちの試みに興味を持ってくれている大学もありますから、将来、他大学が加わって拡張する可能性は十分にあります。ぜひ、2年後の我々の姿を見ていただいて、この機構のもとで一緒にやりたいというところがあれば手を挙げてほしい。私たちは大歓迎します。
松尾清一(まつお せいいち)
1950年兵庫県生まれ。1976年名古屋大学医学部卒業。1981年医学博士(名古屋大学)。2002年同大大学院医学研究科教授。2007年名古屋大学医学部附属病院長を経て、2015年より名古屋大学総長に就任。2020年4月より東海国立大学機構長を兼任。専門は腎臓内科学。
森脇久隆(もりわき ひさたか)
1951年兵庫県生まれ。1976年岐阜大学医学部卒業。1984年医学博士(岐阜大学)。1997年同大医学部教授、2006年医学部附属病院長を経て、2014年より岐阜大学長。2020年4月より東海国立大学機構大学総括理事・副機構長を兼任する。専門は内科学、消化器病学。
対談を聞いて
両大学の新たな旅立ちの春がコロナ禍と重なってしまったことは不運な部分もあるが、それだけではないと思う。大学とは何か、学問とは何かを見つめ直す貴重な機会でもあるからだ。
今春から、オンライン授業に踏み切った大学も数多くある。機構では教養教育などを一元化する「アカデミック・セントラル」でオンラインの学習システムの開発などに取り組むという。
オンラインならば、学生はどこにいても学べる。その利便性は逆に、対面で学ぶ大学という「場」の意味というのも、より深く問い掛けてくることになるだろう。
新設される理系の各研究機関には巨額が投じられるのだろうが、名大文学部の卒業生の一人としては、森脇岐阜大学長が課題として挙げている人文社会系の充実も忘れないでほしいと願う。
今回のパンデミックは、都市の一極集中や、仕事の仕方など社会を根幹から見直していく契機にもなるかもしれない。人と野生動物が近づきすぎたことが背景にあるとするならば、人類と地球とのかかわり方も再考が迫られる。人文社会系の出番も、きっとあるはずだ。1980年代にゆるい大学生活を送った自分があまりえらそうなことは言えないのだけれど…。
東京新聞/中日新聞 論説委員
早川由紀美
(1989年 名古屋大学文学部卒業)