教育課程審議会「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の
評価の在り方について」に対する意見

平成12年3月13日
国立大学協会会長
蓮 實  重 彦

1. 今後の児童生徒の学習の評価の在り方 
 文部大臣諮問理由説明でも述べられているように,これからの学校教育における「児童生徒の学習の評価」は,「単なる知識の量ではなく,児童生徒一人一人が基礎的・基本的な内容を確実に習得し,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する力などの『生きる力』を身に付けているかどうか」が重要であると考えるが,そのためには次のような諸点を考慮すべきである。
(1)  児童生徒の学習の結果(出来不出来)を「測定」し,「集団の中での位置を見定める」のではなく,児童生徒の学習の過程を「評価」し,「一人一人の個性的な学習のあり様を見出す」ことが重要である。そのことによって,将来,大学や社会等で科学・芸術・技術の創造的な研究開発を担う人材が育成される土壌もまた形成されると考える。
(2)  したがって,その評価されるべき内容は,単に「知識・理解」面のみならず,「思考力」「想像力」「着想力」「表現力」など多面的かつ多元的であるべきであり,その評価する方法は,単に学習の最終段階で行われる「ペーパーテスト」のみならず,学習過程の様々な段階で目的と対象に応じて多様かつ複合的に行われるべきである。
(3)  「評価」の方法が「多様である」ということは,これまでのように「評価する者」が常に教師である必要はなく,むしろ児童生徒が自らの学習成果や過程を自己評価したり,仲間とともに相互評価しあったりすることも必要であることを意味している。そのような自己評価や相互評価の営みを通して,児童生徒は学習の理解をさらに一層深めていき,学習の意欲をも高めていくことができると考える。
(4)  以上のように「評価」という行為の在り方を根本的に問い直すことによって初めて,「評価」という用語の持っている本来的理念である,「児童生徒の学習を改善し,また教師自身の指導をも改善していくことと結び付ける営みとしての評価行為」が生み出されると考える。このことが新しい学習指導要領でも強調されている「指導と評価の一体化」の本来的姿なのではないかと考える。

2. 学習指導要領に示す目標・内容の達成状況の評価の在り方
 評価行為を「児童生徒の学習を改善し,また教師自身の指導をも改善していくことと結び付ける営み」として捉えるならば,文部大臣諮問理由説明の中でも述べられている「継続的かつ客観的に把握するための総合的な学力調査の在り方やその方法等」については,次のような諸点を考慮すべきである。
(1)  「継続的かつ客観的に把握する」ためには,何よりもまず学力調査内容が学習内容や教材に即したものであり,かつ発達段階に対応した到達可能な目標・内容として明示されたものでなければならないと考える。そのことによって,確かな学力形成の達成状況が把握できるとともに,その結果を学習改善や指導改善のためのデータとして使用できるからである。
(2)  また,調査は児童生徒の学習達成状況の把握のみならず,教育課程の診断としての役割も果たす必要があると考える。すなわち,調査は児童生徒における学習の結果(出来不出来)のみを「測定」するだけではなく,児童生徒の学習過程や教師の指導過程における「つまずき」をも見出し,その改善に資するデータを提供するものであるべきと考えるからである。そのことによって学力調査は,真の意味で「評価」行為の一環に位置するものとなろう。
(3)  このような教育課程の診断機能を有した学力調査によって,新しい世紀,変化の時代に対応したものとしての,児童生徒一人一人が確実に習得すべき「基礎的・基本的な内容」とはどのようなものなのか,ということが確定され,合意もまた図られていくであろう。教育課程における「精選」とは,そのような実態に即した作業を通して,「学習指導要領に示す目標・内容」自体も絶えず再吟味され,学問の進展に対応したものとされていくことを本来的に意味していよう。

3. 教育課程の実施状況等から見た学校の自己点検・自己評価の在り方
 これからの学校が「保護者や地域社会の信頼に応え,特色ある教育を展開していくために」,「各学校が,児童生徒の学習到達度や教育課程の実施状況等について評価を行い,自校における学習指導や教育課程の改善に役立てるとともに,それを家庭や地域社会に説明することは,大切なことである」とする文部大臣諮問理由説明中の基本見解は重要である。その具体化のためには,さらに次のような諸点を考慮すべきであると考える。
(1)  各学校における自己点検・自己評価の営みを,それぞれの学校における教育活動上の特色・創意工夫を引き出したり,それを直接的に担う教員の力量向上の契機となるような営みとしていくことが重要であると考える。
(2)  そのためには,学校教育活動が児童生徒の実態や保護者・地域住民の学校教育に対するニーズに対応しているかどうかについて,学校自らが診断基準に基づいて学校教育計画を点検し,学校教育改善のための方策を明らかにしていくことが重要である。 
(3)  したがって,学校における自己点検・自己評価項目の設定については,教育行政諸機関等が一律的に比較可能な共通評価項目を指示すばかりではなく,各学校がそれぞれの実態に即して,児童生徒や保護者とも協議しながら独自な点検・評価項目を設けていくことができるような体制づくりが重要である。
(4)  また,その際の評価は学校全体としての組織的な取り組み状況に対する自己点検・自己評価の営みが中心であること,一人一人の教員の教育活動にも自己点検・自己評価の営みは及ぼうが,その際には一人一人の教員の教育活動改善に向けた取り組みを組織的に励まし促進するような「支援の論理」に基づいた営みとして行われることが重要である。
(5)  自己点検・自己評価の結果を,児童生徒や保護者,あるいは地域住民等に公開し,改善に向けての共同の協議・具体的行動を起こしていくことまで視野に入れることが重要である。しかし,その際には,日頃から学校の実態を正しく認識できるような情報を公開・提供していくことが,点検・評価活動をより正しく,より実りあるものとしていく上で,必要不可欠であると考える。
4. その他の関連事項
 現在,「児童(生徒)指導要録」の内容,取り扱い等に関して,次のような諸点の問題が指摘されており,その改善を考慮すべきである。
(1)  「指導要録」が担わされている2つの性格機能,すなわち「証明機能」と「指導機能」を,「要録」の様式上及び取り扱い上において,再整理することが必要である。それは例えば,「観点別学習状況」の「関心・意欲・態度」項目が,個々の教員の指導レベルで用いられる情報として位置づけられる限りは大きな問題とならないが,個々の児童生徒の入試選抜レベルにおいて用いられる情報として位置づけられる時,その判断の主観性やそのことが児童生徒に及ぼす影響(外面的な態度ばかりを気にするようになる等)が問題視され,児童生徒と保護者の間には不安,学校現場には混乱とが生じてくることになるからである。同様のことは「行動及び性格の記録」項目に関しても指摘されているところである。
(2)  したがって,「指導要録」の様式を再度抜本的に見直しするとともに,その取り扱いについては「指導に関する記録」内容を安易に選抜・振り分けのための資料として利用することのないよう慎重なる配慮を求めていくことが必要であろう。
(3)  児童生徒の学習の評価は通常,教員(個人又はチーム)において行われる。その意味では評価方法の改善にあたっては評価をめぐる教員の能力向上が是非とも必要である。この観点から教員の養成及び研修に関わる課題としても検討され,提言されることを要望する。
以 上