宮城県被災地に対する福井県の要請による福井大学医療救護班の活動【福井大学】
福井県の要請により、福井大学は、4月7日から10日の4日間、医師2名、看護師2名、薬剤師1名、事務1名を派遣し、宮城県亘理町において医療救護活動を行いました。
この派遣は、福井県により福井大学医学部附属病院、福井県立病院、福井県済生会病院、市立敦賀病院、公立小浜病院、福井社会保険病院の6病院によるローテーションが組まれ、被災地避難所において継続的に救護所を運営することが求められ、本学からは救護所が閉鎖される5月中旬まで6チームを派遣しました。
初日は、福井から宿泊所及び救護拠点施設である亘理町中央公民館までの約630kmの路程を約10時間掛けて救急車と公用車2台で移動し、到着後直ぐに前チームの福井県立病院から引継ぎを受けました。就寝後の午後11時32分に亘理町で震度5強の余震が発生し、津波警報が発令されたため、停電の中、付近の住民は自動車により一斉に高地の方へ移動しました。インフルエンザ感染疑いで亘理町中央公民館和室に隔離されていた幼稚園児3名が、大ホールに置いてあったソファーに寄り添って毛布にくるまって恐怖に怯えていたのを本学の看護師等が勇気付けていました。
2日目からは、午前中、逢隅小学校(受診者17名)、午後は逢隅中学校(受診者22名)の避難所において医療救護活動を行い、亘理町中央公民館に戻り翌朝8時まで夜間診療(受診者3名)を行いました。
3日目は、午後から亘理町福祉避難所(受診者2名)、亘理町ディサービスセンター(受診者9名)の巡回診療を行いました。2ヶ所とも避難してから一度も医師に診てもらったことがない住民で、我々の巡回診療を非常に歓迎してくれました。地元の保健師の話によると、このように診療を受けたくても動けなくて診療を受けられない福祉避難所等の患者がたくさんおり、巡回診療を増やしてほしいとのことでした。
夕方には次チームの済生会病院チームに引継ぎし、宿泊所を次チームに譲るため、会津若松市へ移動し、翌日帰路につきました。
写真:左 亘理町福祉避難所における巡回診療風景
右:亘理町ディサービスセンターにおける巡回診療風景
この派遣は、福井県により福井大学医学部附属病院、福井県立病院、福井県済生会病院、市立敦賀病院、公立小浜病院、福井社会保険病院の6病院によるローテーションが組まれ、被災地避難所において継続的に救護所を運営することが求められ、本学からは救護所が閉鎖される5月中旬まで6チームを派遣しました。
初日は、福井から宿泊所及び救護拠点施設である亘理町中央公民館までの約630kmの路程を約10時間掛けて救急車と公用車2台で移動し、到着後直ぐに前チームの福井県立病院から引継ぎを受けました。就寝後の午後11時32分に亘理町で震度5強の余震が発生し、津波警報が発令されたため、停電の中、付近の住民は自動車により一斉に高地の方へ移動しました。インフルエンザ感染疑いで亘理町中央公民館和室に隔離されていた幼稚園児3名が、大ホールに置いてあったソファーに寄り添って毛布にくるまって恐怖に怯えていたのを本学の看護師等が勇気付けていました。
2日目からは、午前中、逢隅小学校(受診者17名)、午後は逢隅中学校(受診者22名)の避難所において医療救護活動を行い、亘理町中央公民館に戻り翌朝8時まで夜間診療(受診者3名)を行いました。
3日目は、午後から亘理町福祉避難所(受診者2名)、亘理町ディサービスセンター(受診者9名)の巡回診療を行いました。2ヶ所とも避難してから一度も医師に診てもらったことがない住民で、我々の巡回診療を非常に歓迎してくれました。地元の保健師の話によると、このように診療を受けたくても動けなくて診療を受けられない福祉避難所等の患者がたくさんおり、巡回診療を増やしてほしいとのことでした。
夕方には次チームの済生会病院チームに引継ぎし、宿泊所を次チームに譲るため、会津若松市へ移動し、翌日帰路につきました。
写真:左 亘理町福祉避難所における巡回診療風景
右:亘理町ディサービスセンターにおける巡回診療風景