58号 OPINION 特集【コロナ禍の対応とニューノーマルへの展望】

総力を結集してコロナ時代を行く 信頼と協調によるニューノーマルの構築へ

国立大学協会会長
筑波大学長
永田恭介

世界規模で猛威を振るう新型コロナウイルスは、大学の教育や研究、管理運営に今も影響を及ぼし続けている。
この困難な局面を乗り越えていくために、全国の国立大学は多大な知恵と労力を注いできた。
今号では、筑波大学長として自校のコロナ対策にあたりつつ、国立大学全体としての取組を進めてきた永田恭介国立大学協会会長が、これまでに実施してきた様々な対応と、ポストコロナ時代のニューノーマル構築に向けた国立大学のあり方、果たすべき役割などを語った。

 

永田恭介(ながた きょうすけ)

1953年愛知県生まれ。1976年東京大学薬学部薬学科卒業、1981年同大学薬学研究科博士課程修了。薬学博士。国立遺伝学研究所助手、東京工業大学助教授等を経て、2001年筑波大学基礎医学系教授、2013年筑波大学長に就任。2019年より国立大学協会会長を務める。専門分野は分子生物学、ウイルス学。

新型コロナウイルスは楽観できない手強い存在

新型コロナウイルスの流行によって、従来想定していなかった多くの問題に直面することになった各国立大学及び国立大学協会では、感染予防と拡大防止を基本とする多様な取組を進めてきた。

「前例のない状況ですから取組は手探りですし、そもそもこのウイルス自体に未解明な部分が多いことが対応を難しくしています。私自身、ウイルス学が専門なので、最初に新型コロナウイルスの基礎知識に触れておきましょう。まず、ウイルス感染症には基本的に特別な治療法はありません。バクテリアのように腸内で毒素を作るのではなく細胞に取り込まれて増えるので、細胞を殺さない限りウイルスも消えないのです。また、治療薬が開発されたとしても、変異しやすい RNA ウイルスなので、耐性ができやすいのも難点です。さらに、ワクチンが完成して接種しても抗体がなくなってしまう可能性も否定できません。実際に昨年、麻疹ウイルス感染の患者で、一度できた抗体が消えてしまうという、それまでの常識を覆す事例も報告されています」

新型コロナウイルスは、決して楽観を許さない手強い存在だ。

学生ファーストを基本に迅速にコロナ禍への対応を展開

2020年1月16日に国内初の感染者が発生してから、国立大学及び国立大学協会が行ってきた対応は大きく分けて3つある。一つは大学のマネジメントに関するもの。もう一つは教育や学生支援に関わるもの。そしてもう一つは研究活動に関連するものである。この中で、国立大学協会が優先したのは、コロナ禍の影響を最も強く受ける学生のケアやサポートだ。

「2月中旬から 3月初旬という早い段階で、留学生を含む学生に対して、自身の安全確保に細心の注意を払うとともに、感染を広げるスプレッダーにならないためにも慎重な行動をとるよう促す会長メッセージを 2度、続いて3月から4月にかけて各国立大学法人の長に向けて、学生と教職員の海外渡航の自粛や、3密回避の徹底等の依頼を3度にわたり行いました」

その後、4月下旬に「国立大学法人における新型コロナウイルス感染症対応に関する緊急要望」を協会として取りまとめ、文部科学大臣をはじめとする関係機関の長に対して要望を行った。

「学事暦の変更やオンライン授業の実施に関わる手間や費用、学生の生活費や学費確保、研究の継続や若手研究者の雇用確保、各種研究費が申請期限に間に合わない問題等、各国立大学が抱えることになった問題は多岐にわたります。これらを解消するための支援をお願いしたのです」

この要望を受けて、オンライン授業にかかる学生の通信費負担を抑制する特別措置がとられるなど、国や関係機関から迅速かつ広範な支援を受けることができた。さらに 5月11日には、実家の家計の急変や本人のアルバイト解雇等により経済的苦境に陥った学生に対する授業料免除等の支援を要望。こちらに対しても補正予算による財政支援措置が講じられた。

2020年5月18日 文部科学大臣へ要望書の手交

重症患者の“最後の砦”国立大学病院に継続的支援を

学生の教育や研究等に関わる支援とともに、多くの国立大学にとって喫緊かつ深刻な問題となっているのが、国立大学病院が新型コロナウイルスに対応することによる経営問題だ。

「患者の増加に備えた空き病床の設定や、院内感染予防体制の徹底化に伴う診療・手術の抑制等により、多くの国立大学病院が大幅な減収を余儀なくされ、財務破綻もあり得る状況に陥りました。そこで 5月18日に、国立大学協会長や日本医師会長らが連名で、内閣総理大臣に財政投入を要請し、その日のうちに官邸から全国の大学病院に対する支援が約束されました」

特定機能病院として高度な医療を提供しながら、地域医療の中核を担う国立大学病院は、今回のコロナ禍において、重症患者治療の“最後の砦”として替えの利かない存在であることがより明確になった。新型コロナウイルス患者の救命の切り札とされるECMO(体外式膜型人工肺)は、ほとんどの国立大学病院に導入されており、8月時点で全国の新型コロナウイルス重症患者の約8割を国立大学病院が受け入れている。

「新型コロナウイルス患者に対応しつつ、これまでどおりの医療サービスを維持していくには大変な労力が必要です。どんな重篤な患者も受け入れて治療に全力を尽くすことは国立大学病院の宿命であり、財務上の理由で機能停止するようなことがあってはなりません。コロナ禍が当面続くと予想される今、これからも継続的な支援が望まれます」

教育の現場に一気に広がったオンラインによる遠隔授業

大学の最も重要な役割である学生の教育に関して、まず大きな問題になったのが、感染を防止するために対面授業が行えないことである。大学教育の根幹に関わる問題だが、各大学では短い準備期間にもかかわらず、予想以上に円滑にオンラインによる遠隔授業の導入・実施が進んだ。

「私自身もオンライン授業を初めて行いましたが、学生から驚くほど活発に質問を受け、新たな授業スタイルとしての可能性を実感しました。また、オンライン化に慣れると国際会議にリモートで参加することへの抵抗が薄れることも、想定外の効果でした。一方、オンライン授業だと教える側が学生の理解度を把握しづらいため、宿題やレポートの量が増える傾向にある、といった課題もあります」

このようにコロナ禍により、オンライン授業の実施が一気に進んだ結果、その有用性と課題の両方が認識されるようになった。それと同時に、対面授業を行う意義、必要性も改めて明確になった。実験や実習等の体験型科目はもちろんのこと、それ以外の授業・学習においても、face-to-faceでなければ学べないことはたくさんある、と永田会長は強調する。

「海外留学をイメージすれば理解しやすいでしょう。海外で学ぶ意義はいろいろありますが、最大のメリットは、その土地の風土、文化、生活、習慣を肌で感じながら思考できることで、これはオンラインでは決して経験できません。知性とそれを生み出す環境・土壌の不可分の関係を表す、『フランスでなかったらパスカルは生まれなかった』という言葉があります。コロナ禍で外出や移動が制限されている今だからこそ、この一言の意味はより重く感じられます」

幅広いテーマで進行する新型コロナウイルス関連の研究

人類・社会に貢献する先端的研究の遂行は国立大学の大切なミッションであり、新型コロナウイルスに関連しても、各大学は多彩なテーマとアプローチで研究に取り組んでいる。例えばワクチン開発分野では、大阪大学、東京大学、京都大学などで、企業や外部研究機関、他大学との共同研究が進行しており、その一部で臨床試験がスタート。そのほか、治療、感染防止、調査、診断等を目的とする研究も活発に行われている。

「私が学長を務める筑波大学でも、今年運用を開始した世界一のスーパーコンピュータ『富岳』を使った新型コロナウイルス感染予防対策シミュレーションを行い、得られたデータを内閣官房に提供しています。新型コロナウイルス関連の研究は、当然ながら医学系のものが多いのですが、ウイルス流行下の人々の心理や行動を扱う九州大学の取組のように、各国立大学では人文系や情報系からのアプローチによる研究も幅広く展開されています」

コロナ新時代への取組は様々な分断の認識から始まる

新型コロナウイルスのワクチンが開発されたとしても、このウイルスと人類の闘いは続くことが予想される。では、そうした新しい社会のスタンダードを見据えて、これからの国立大学はどうあるべきか。そしてニューノーマルの構築にどのような貢献ができるだろうか。

「国立大学のあり方を考えるうえでは、まずは今回のコロナ禍で鮮明になった、私たちを取り巻く分断をしっかりと認識する必要があるでしょう」

コロナの流行は、以前よりグローバル課題とされてきた、国と国、地方と都市、貧しい者と富める者といった数々の分断を、くっきりと浮かび上がらせた。こうした分断が生み出す問題をどう取り扱うか――これこそ大学が最も真剣に向き合うべきテーマであり、アカデミアの本質だと言う。

「国立大学自身もまた、国公私立の壁、都道府県の壁、産学官の壁など、様々な分断とともにあります。全国 47 都道府県にある国立大学は、これらを越えて新時代を構築するためにアイデアを共有するとともに、積極的なコラボレーション推進の中核にならなくてはいけません。今回のコロナ禍では、一部の国立大学で寄付金集めを目的とするクラウドファンディングが行われました。こうした活動の方法論も、うまくいくことがわかったものは、どんどん広く共有していけばいい。また、産学共同研究にも今まで以上に力を入れて取り組んでいくべきです。コロナ禍による景気の停滞で産学共同研究に後ろ向きの声もありますが、むしろ研究費を抑えながら研究を継続したい企業にとって、国立大学は最も頼もしいパートナーではないでしょうか」

分断を越えていくためのキーワードは“trust”

教育面においてコロナ禍が分断に拍車を掛けた代表例として、留学や国際交流・協調等の活動が挙げられる。感染拡大防止のため学生の国境を越えた行き来は難しくなっており、すぐに以前の状態に戻ることはない。しかし、グローバルな教育活動の重要性は不変であり、各国が現在の状況に対して同じ問題意識を抱えている。ポストコロナを見据え、国際的な協力のもとで具体的な施策を構想・実現していくこと、例えば海外留学にかかる授業料を免除する仕組みを整えるなど、できることからいろいろ工夫していくことが大切だ。

「国際的な分断を越えていくうえで、重要なヒントになるものとして注目しているのが、『Data Free Flow with Trust』、すなわち“信頼に基づく自由なデータ流通”というコンセプトです。2019年のダボス会議で安倍首相(当時)が提唱して大きな賛同を得たもので、私自身もスピーチの中などで紹介してきました。ここで使われているtrust は、似た意味を持つbeliefやreliabilityよりも、ずっと重みのある言葉で、ニュアンスにはempathyが含まれる。コロナ禍による分断の先の新しいスタンダードを作る基盤は、揺るぎないtrustであると確信しています」

国立大学の力を結集すれば新時代の構築に多大な貢献ができる

研究面においては、ニューノーマルの構築に向けて、多様な学問分野の研究者が今まで以上に緊密な連携・協力を図っていくことが求められる。

「理学系の学問は、物質創成や生命誕生など数十億年という時間軸で物事の真理・原理を探求していくことが基本であるのに対し、人文社会系が扱うのは人類の文明文化が始まって以降の3000年~5000年くらいの比較的短い時間軸です。ですからポストコロナという数年から数十年先の世の中のことを具体的に想像するのは、人文社会系の研究者の方が得意な場合があります。こうした多様な学問的特性を有する研究者が、知性と経験を持ち寄り、ともに課題解決に取り組むことがますます重要になっていくでしょう」

多様な分野を擁する全国 86 校の国立大学が総力を結集すれば、どんな問題の解決にも貢献できる。先が見えにくい時代だからこそ、その多様性、総合力はより大きな価値を持つはずだ。

「今回のコロナ禍は、地球に暮らすすべての人が改めてこの世界のあり方について思いをめぐらせる契機となりました。私たちを取り巻く社会、あらゆる日常生活について、皆が真剣に考えを深めることで、見えてきたこと、感じられたことも多いでしょう。それらを、信頼『trust』をベースに互いにシェアし、様々に活用していくことが、コロナ新時代を生きる私たちに求められていることなのです」