65号 OPINION 特集【気候変動対策 -地球とわれわれの未来のために-】

気候変動という総合的な課題に 大学はどのように向き合うべきか

 

公益財団法人 地球環境産業技術研究機構 理事長
山地 憲治

 

2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにする、いわゆる「2050年カーボンニュートラル」が、菅義偉首相(当時)によって宣言されるなど、国内でも気候変動対策への機運が急速に高まる中、2021年7月には「カーボンニュートラル達成に貢献する大学等コアリション」が立ち上がるなど、大学も積極的な取り組みを迫られている。

気候変動対策について考えるときに必要な視点とは?
またそのために国立大学には何ができるのか?

エネルギーシステム研究の第一人者である山地憲治氏にお聞きした。

手持ちのカードを総動員しなければ 気候変動対策で効果は上げられない

気候変動問題は、今や待ったなしの社会課題として多くの人に注目されている。しかし、新たな用語や目標数値の意味に戸惑うことも多い。まずはここに至るまでの経緯について、山地憲治氏の解説のもとで振り返っておこう。

「研究者の間で気候変動対策への関心が高まってきたのは1980年代後半です。地球の温度上昇についてはそれまでにも指摘されていましたが、さまざまな要因が考えられる中、どうやら温室効果ガスのせいだということが顕在化したのがこのタイミングでした」

この流れを受け、1988年にIPCC(*1)が設立され、1992年の地球サミット(*2)での気候変動枠組条約採択、1994年の発効へとつながる。初めてのCOP(*3)が開催されたのはその翌年の1995年のことだ。

一つ目の大きな節目となったのは、1997年のCOP3で採択された「京都議定書」。
その意義について、「気候変動に関して各国が目標数値を定めて行動すると定めたのは画期的だった」と山地氏は指摘する。

次の節目が、2015年のCOP21で採択された「パリ協定」。「ポイントは、初めて『温度抑制』に関する長期目標が明記されたことにあります。途上国も含めた各国が自主的に行動目標を決めて宣言することになったのも特色でした」(山地氏)

2021年開催のCOP26(*4)では、5年ごとに10年先の目標を改定することも決定。
現在は2030年時点での目標が設定されている。日本は、京都議定書での削減目標(1990年比で−6%)については達成したものの、その後、東日本大震災の影響による原発停止、火力発電への切り替えに伴ってCO2排出量は増加。2013年に排出量のピークを記録している。

COP21以降の我が国の削減目標はこの2013年を基準に定められている。現在の日本の目標は、「2030年に、2013年比で46% CO₂を削減する」という難易度の高いもの。これはIPCCが出した「世界の気温上昇を産業革命前より+1.5℃に抑えるためには、2050年カーボンニュートラルが必要」という報告を受けたもので、実現には相当な努力を要する。

「日本の場合、CO₂排出源の85%がエネルギー由来なので、気候変動対策といえばほぼエネルギー分野の問題。対策をするには手持ちのカードを総動員するのが大前提で、それでも2050年カーボンニュートラルには足りないので、さらなるイノベーションが必要です。たとえば、現在使用している石炭火力発電を、『気候変動対策を施した火力発電』に変えること。排出されるCO₂を地中に埋めるCCS(*5)付き火力発電や、カーボンフリー水素・アンモニアを使うことでCO₂排出をゼロにする火力発電などが期待されています。排出削減だけでなく、NETs(*6)といって、すでに大気中に存在するCO₂を回収することも検討されています。森林が大気中のCO₂を回収するのと同じことを工学的に行うDAC(*7)という技術の開発が進んでいて、回収したCO₂は地中に埋めたり、コンクリート原料としてリサイクルすることも考えられています。また、気候変動対策は工学以外にもさまざまな分野が関わる課題で、その代表的なものが農業です。牛のげっぷには温室効果ガスであるメタンが含まれるという話は有名ですが、それを低減するための飼料を開発したり、同じく栽培過程でメタンを発生する稲の品種や栽培技術の改良、N₂Oを発生しない窒素肥料の開発なども行われています」

気候変動の影響

出典:公益財団法人地球環境産業技術研究機構 システム研究グループHP「温暖化の影響」
https://www.rite.or.jp/system/about-global-warming/warming-impact/]

*1 Intergovernmental Panel on Climate Change,気候変動に関する政府間パネル
*2 環境と開発に関する国際会議
*3 Conference of the Parties, 国連気候変動枠組条約締約国会議
*4 新型コロナウイルスの影響で1 年遅れて開催
*5 Carbon dioxide Capture and Storage, 二酸化炭素回収・貯留
*6 Negative Emissions Technologies, ネガティブエミッション技術
*7 Direct Air Capture, 直接空気回収

複数分野の知見を駆使して 最適化された「システム」を作る

現在は気候変動問題の専門家である山地氏だが、もとは原子力工学から研究の道に入った。

「大学院までは、原子炉設計工学、とくに核燃料サイクルの最適化に取り組んでいました。核燃料には、燃えてエネルギーを発生しながらまた別の燃料になるという性質がありますが、これをどう運用していくのがよいかという、長期核燃料サイクルの研究をしていたのです。しかし、原子力発電がどうあるべきかを考えることは、日本全体の電源構成がどうあるべきかを考えることでもあり、それはつまり、電力以外も含めたエネルギー構成全体がどうあるべきかを考えること、ひいては経済全体がどうなるかを考えることでもある。そこでその後は、電力システム、エネルギーシステムの分析やモデル化、その延長としての気候変動対策に取り組むようになりました」

山地氏が工学に関心を抱いた原点は、大学闘争に揺れた学生時代にある。当時「未来のエネルギー」だった原子力に興味を持ち、東京大学に入学した山地氏は、入学の翌年に入学試験が中止になるなど混沌とした教養部キャンパスで過ごし、文理を超えた友人との交流を経て科学と世の中の関係を考えるようになった。

「どう活用されるかが見えている工学研究、またその研究で世の中がどう変わるかに興味を持つようになったんです。ある特定の問題を深く掘り下げるサイエンスに対し、工学=エンジニアリングは目的に向かってさまざまな分野の知識を使っていく総合性の学問。原子力はとくにこの傾向が強く、電気工学、物理、熱工学、材料、機械、制御とさまざまな分野が関わる、まさに総合工学。総合性の高さという意味では気候変動対策とも通じるところがありますね」

核燃料や電源構成の最適化に加え、山地氏が取り組んできたのが、エネルギー需要、デマンドレスポンスに関するモデルの構築だ。電力供給は需要のピークに合わせる必要があるため、電力システム全体を最適化する際には「ピークを減らす」という考え方が求められる。そしてピークを減らすには、需要側、つまり電力を使う側を最適化する必要がある。

その一例として山地氏が取り組んだのが製鉄所のエネルギー需要のモデル化だ。製鉄所ではコークス炉や高炉など、さまざまなところから発生するガスを貯蔵しておき、発電・熱風炉などに使用している。このシステムをうまく作ることで、電力需要のピークカットも可能になるというわけだ。

「需要の最適化」という視点は、現代のエネルギー政策でも重要なパートを占めている。これまでと違うのは、最適化のために需要を「減らす」だけでなく「増やす」という発想も取り入れられていることだ。

「2022年の改正省エネ法(*8)には、『電力が安い時間帯の需要を増やす』という考え方が盛り込まれています。背景にあるのは太陽光発電の普及です。太陽光発電は日中に発電するので昼間の電力が余る。この時間帯の需要を増やすことが全体としての最適化につながるわけです。たとえば、昼の太陽光電力を使って揚水し、夕方以降に発電を行うこともその一つ。私が電力需要モデルづくりに取り組んでいた1980年代には、デマンドレスポンスといえばピークカットのことでしたが、太陽光発電のように設備さえあれば燃料がいらない発電方法が登場したことでエネルギーシステムにも大きな変化が出ています」

一次エネルギー供給で見たカーボンニュートラルのイメージ

出典:公益財団法人地球環境産業技術研究機構 年次報告書 2022 年版第17 号

一見遠そうに見える技術であっても 明日のエネルギー技術になり得る

エネルギー政策の基本は「S+3E」と言われる。

「S は安全(Safety)のこと。以前は当たり前だったのでわざわざ言わなかったのですが、東日本大震災以降とくに言及されるようになりました。3Eとは、エネルギー安全保障(Energy Security)、経済合理性(Economic Efficiency)、環境(Environment)。エネルギー安全保障とは、今まさに電力の逼迫が話題になっていますが、そういうことのないよう安定供給を確保することです。他国にエネルギーを依存している日本のリスク回避の手段として、エネルギー源の多様化や、自国権益によるエネルギー資源開発なども考える必要があります。経済合理性は言うまでもなく低コストでのエネルギー供給を実現すること。環境については、昔は大気汚染や水汚染の問題もありましたが、今はほぼ気候変動対策とイコールと言ってよいでしょう」

3Eを実現するには電化を進めるのが合理的であり、だからこそ政策でも電気を作る過程の脱炭素化が重視される。再生可能エネルギーの主力電源化もそうだが、原子力も大切だし、化石燃料を使用しつつCO₂を出さない「ゼロエミッション火力」も手段の一つだ。また、電力ではなく熱として使用されるエネルギーも多いので、燃料そのものの脱炭素も欠かせない。こうしたことが、現在の日本のエネルギー政策にすでに盛り込まれている。

そのうえで、山地氏が新たな視点として注目しているのがエネルギーのDX(*9)だ。

「すでに電力やガスのスマートメーターが導入され、細かい計量を行うことで無駄なエネルギー使用を抑えることに成功していますが、こうした情報技術の活用がエネルギー政策につながる場面はまだまだあります。シェアリングエコノミーで社会インフラの形を変えることもその一つです。たとえば自家用車の時間稼働率は5%程度と言われています。つまり自家用車の大半は駐車場に停まっているんですね。一方、タクシーの時間稼働率は50%を超えている。シェアリング技術で全自動車の時間稼働率をタクシー並みに引き上げることができれば、自動車の総数をかなり減らすことができます。数が減るということは、自動車を作る素材やエネルギーが削減でき、生産を介した省エネが可能になるということで、これも立派なエネルギー政策なのです」

こうしたことのモデル化もエネルギーシステム研究の挑戦の一つ。「情報とのリンクは現在、エネルギーシステムにとってとても重要なテーマ。こうして、今はエネルギーの技術ではないと思っているような技術がエネルギーに大きな影響を与えることは、今後も出てくると考えられます」

*8 安定的なエネルギー需給構造の確立を図るためのエネルギーの使用の合理化等に関する法律等の一部を
改正する法律
*9 Digital Transformation, デジタル・トランスフォーメーション

日本のエネルギー政策の課題と その解決のために大学ができること

「日本では、『2050年カーボンニュートラル』というキーワードの登場以来、3Eのうちでも『環境』ばかりが強調されてきた」と山地氏は指摘する。現在、ウクライナ危機で天然ガスが高騰している状況は、決して望ましいことではないが、エネルギー安全保障に目が向くようになったという意味ではバランスを回復したとも言える。

「気候変動問題は非常に難しい問題なので、解決するには使えるカードはできるだけ多く持っておく必要があります。せっかく持っているカードを嫌だからと捨ててしまうのは、自ら立場を悪くすることになってしまう。たとえば、現在日本で原発が使いにくい状況はエネルギー安全保障の面から見ても問題です。とはいえこれは技術や経済の面から解決できることではなく、政治の問題であり、どうしていくかは難しいところです」

そしてこういう難問への挑戦こそ、山地氏が大学に期待する部分でもある。

「政治の問題として議論していくには、一人ひとりが事実への理解を深める必要があります。社会構成員の知識のレベルを上げるという役割は、まさに大学が担える部分ではないでしょうか。個人的には、いわゆる社会思想のようなものも重要なのではないかと思っています。最近はあまり社会思想が重視されない傾向にありますが、多くの人が共感できる何かで社会をまとめあげるためにも、このことを今一度考えてみることも重要ではないかと思うのです」

そういう観点からも、大学には「専門に偏り過ぎてほしくない」という。

「大学は、世の中に出てから自分で学んでいけるような、自分で考えられる基礎を作る場であってほしい。気候変動問題にしても、世の中で『カーボンニュートラル』と言われているから取り組むというのではなく、事実は何かを自分で判断でき、どうすればよいのかを考えられる人を育ててほしいですね。そのためには、『社会に出て稼いでいくための特技』以外の分野についてもわかっていないといけない。その意味でも、リベラルアーツはとても重要だと思います」

「カーボンニュートラル」は目立つ話題ではあるが、たとえばSDGsの第7項には「エネルギーアクセスの向上」として「全ての人々に、手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」という目標が掲げられている。地域によっては、今もエネルギー源に薪や動物の排泄物が使われているが、これらは決して安全で健康的なエネルギーとはいえないので、電気やガスへの置き換えを目指す必要があるということで、世界的にはとても大きな問題だ。「同じエネルギーというテーマの中にも、こうした別の大きな問題がある中で、『カーボンニュートラル』だけを重要視するのはいかにもバランスが悪い」と山地氏は説く。

「ものごとを総合的に、バランスよく考えるには経験が必要。各分野の基礎をしっかり学んだ上で、その力をまとめて発揮できる場があるとよいのですが、世の中に出ればそのような機会はあると思うのです。私について言えば、原子力も気候変動もまさに総合力を求められる課題であり、取り組む中で総合力を身につけることができました」

山地氏の話の中にたびたび現れる「バランス」という言葉。それは、山地氏の専門である「システム」がまさにバランスの上に成り立つものであり、それを欠く危うさをよく知っているからなのだろう。たとえば、エネルギーの供給モデルは技術で決まるが、需要モデルはもとになるニーズによってさまざまに異なる。「鉄を圧延して鉄板を作りたい」というニーズがあったとして、それを実現するためには非常に繊細なエネルギー出力のコントロールが必要なため、単純な省エネモデルではそもそもニーズが満たされない。そういうことに思いを巡らせることのできる総合力が必要なのだ。こうした問題全般に関するインパクトとして、国立大学の存在は大きいと山地氏は語る。

「そもそも気候変動は、人類共通の、解決に時間のかかる、総合知を要する課題であり、まさに大学で取り上げるべきテーマと言えます。『2050年カーボンニュートラルこそが全て』というのではなく、ぜひ現状をしっかり見据えて議論を進めて頂きたいと思います。大学が時代の求めることに取り組むのは当然ですし、必要なことでもありますが、大学は本来『不易流行』の『不易』の場。流されないものを大切に、今必要なこととのバランスを取ってほしいと感じます。また、本来教育は公共性の高いものですが、国立大学はその公共性をより担える存在であるはず。ぜひその特性をうまく発揮していただきたいですね」

山地 憲治(やまじ けんじ)
1950年生まれ。香川県出身。

1977年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1977年~1994年一般財団法人電力中央研究所。1994年8月~ 2010年東京大学教授(大学院工学系研究科電気工学専攻)。2010年財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)理事・研究所長、副理事長を経て現在に至る。主な審議会委員として、総合資源エネルギー調査会委員、産業構造審議会委員、科学技術・学術審議会、中央環境審議会、原子力委員会等の部会などの委員を歴任。工学博士。