66号 LEADER’S MESSAGE 特集【女性研究者の育成・活躍】

【女性学長座談会】
国立大学での女性研究者のより一層の活躍を目指して

  政策研究大学院大学長 お茶の水女子大学長   総合研究大学院大学長   東京外国語大学長      大阪教育大学長
  大田 弘子   佐々木 泰子  長谷川 眞理子  林 佳世子  岡本 幾子
 

日本の女性研究者の割合は約18%で、経済協力開発機構(OECD)加盟国中最下位です。
国立大学ではいま5名の女性学長が活躍しています。
国立大学でリーダーリップを発揮しているこれら女性学長にお集まり頂き、社会や国立大学における女性の現状と課題、そしてこれからの方向について語って頂きました。

女性の好奇心を発揮できる社会へ

− まず、先生方はどのようにして研究者や大学の教員になろうと思われたのですか。

岡本:私は会社の研究所に勤めたくても採用して頂けるような世代ではありませんでした。自分のやりたいことをするために大学院に進学しましたが、それでもまだ物足りなくて、大学に勤めるようになりました。

:私ももう少し勉強を続けたいと思い、大学院に進み、留学を経て大学に就職しました。当時は日本の経済が右肩上がりだったことも幸いして、なんとかなるだろうと考えていた気もします。今の学生は情報が行きわたり、将来まで見通せるようになった分だけ、研究者への道を選ぶのに慎重になるのもわかります。

長谷川:私たちの時代も博士課程修了者の就職は厳しかったですが、そのまま大学に残って研究を続ける人も多かったですよね。今のように一定の業績を残さないといけないとか、論文のインパクトファクターを気にしたりといったプレッシャーも少なかったように思いますし、研究の楽しさにのめりこみ、「そのうち何とかなるだろう」と楽観的な人が多かった気がします。

大田:学部卒でも特に女性は、全体的に就職先がありませんでした。男性は就職先がどんどん決まるのに、女性は自宅通勤者でないと採用されなかったこともあり、私は新聞の求人欄を見て就職先を探していました。女性は就職先がなかったので、仕事があるだけでもありがたいと思っていました。

:研究者として大学に就職できなくても私の場合、予備校の先生や高校の教員という選択肢も考えていました。
 
 
− 女性研究者が増えないのは、社会の影響もあるということでしょうか。

:東京外国語大学では学生の65%が女性です。この比率は1980年代半ばから40年ほど変わっていません。女性教員の比率も45%と半数近くです。女性を増やさないといけないという話は、人文系の学問ではある程度実現していると感じています。課題は理科系分野の女性比率向上だと思います。

長谷川:研究者になるには、「これはおもしろそうだ。研究したい」という気持ちが必要です。その気持ちがどこかで削がれて、辞めてしまう人がたくさんいるのでしょうね。

大田:研究者の場合でも、女性は育児や介護などでキャリアを中断せざるを得ない人が多い。だから、たとえ中断しても、それが昇進やテニュア(終身在職権)の獲得にあまり響かないように見直していく必要があるでしょう。

長谷川:理学部では、私の上の世代の人たちはほとんど独身で、下の世代の人は結婚を機に辞める人が多かったです。大学教員の募集には直近5年間の論文などの業績が求められることが多いのですが、ライフイベントで中断がある人は直近の業績が少なくなる場合があるので、業績の提示はライフイベントで休んだ期間を除外するなどの配慮は必要だと思います。

:そのあたりの取り組みはいろいろなところで始まっていますね。女性はライフイベントでのキャリアの中断を経験する人が多いです。特に30代の人たちが影響を受けやすいので、そこをどのように乗り越えるかが重要ですね。

仕事と生活の両立をサポートするネットワークづくりを

佐々木:私は学生時代に結婚し、海外で過ごした後に子どもを産みました。当時は指導教員によく相談していて、大学の手伝いをする仕事を紹介してもらうこともありました。また、夫の両親が隣に住んでいて、とても助けられました。私が専任の助手に採用されたのは、子どもがある程度大きくなった40代になってからです。子どもに手がかかる期間にいろいろなサポートが受けられたのは、とても恵まれていたと思います。

大田:男性でも女性でも博士号を取得し、テニュアを獲得するまでの20代後半から30代は将来が見えず、不確かで辛い時期だと思います。アメリカの経済学会では、博士号取得者の女性を集めて、先輩の女性研究者が査読論文の書き方からライフ・ワーク・バランスの取り方まで、いろいろとアドバイスしたり、女性同士のネットワークをつくったりする取り組みがあるようです。
日本経済学会でもロールモデルをつくるために女性に焦点を当てた女性研究者の奨励賞を創設しています。ロールモデルをつくったり、メンタリングの機会をなるべく多く設けたりするために、女性同士のネットワークづくりをサポートするしくみがあったらいいと思います。

:母校のお茶の水女子大学は女性の先生が多く、今にして思えば学生時代にロールモデルを目にしていたのだと思います。歴史学の分野では女性で研究者を続けている方も多く、ひとりぼっちという感じはなかったです。

岡本:私が学生の頃は家政学でも先生方はほとんど男性でした。でも学会や研究会で女性研究者にお目にかかる機会があったので、ロールモデルはありました。今は女性教員もかなり増えていると思いますが。

:研究者の場合は、最初は先が見えていないことが多いですからね。そういうときにライフイベントでキャリアが中断されると、辞める選択肢がちらつくことがあります。それを避けるための方策が必要ですね。

長谷川:研究生活が続けられるか不安な時期にライフイベントが重なり、そのときにサポートがなかったりすると、辞めるという選択肢がすごく現実的に見えてしまいますね。私の知り合いは、それで辞めてしまったように思います。そのあたりをサポートしてくれるネットワークがあればいいですね。

:東京外国語大学は府中キャンパス内に保育園をつくりました。保育園ができたことで、小さな子どもを育てている研究者同士がつながりやすくなり、少しは光が見えるようになりました。

若手研究者の安定性を高める中で、積極的な女性採用も

− 国立大学に女性研究者を増やすにはどうすればいいですか。

:女性研究者も就業者の一員なので、社会全体の女性就業者の比率を超えることはありません。社会全体で女性就業者の割合が半数になれば、大学教員も半数を目指す状況になると思います。そのためには女子学生を増やす必要があります。特に理系の女子学生を増やし、研究者になりたい人を増やしていくことを堅実にやっていくしかないでしょう。

大田:社会全体で女性の活躍は少ないですね。ジェンダーギャップ指数も146か国中で116番目と低いので、その比率を企業や役所を含めて上げていく必要があります。理工系は少ないですが、研究者の女性比率はまだいい方だと思います。

岡本:確かに、女性教員の多い教育分野でも、理科や数学の教員は他の専攻よりも少なくなります。

長谷川:高校までの教育の中でバイアスがあり、理系に行きたかったのに文系を選ぶ女性がいるのであれば、その人たちが大学で専門を変えられるしくみを積極的に整える必要があります。教員の採用はフェアにやることが大前提ですが、母数がまだ少ないので、応募してきた女性を積極的に採用するアファーマティブアクションを一定の期間実施する必要があると思います。

大田:女性を優遇すると言っても、研究者は実力で評価される世界なので、なかなか難しい部分もありますよね。

:理系の一部の分野や医学部はそこまでやらざるを得ない状況だろうと思います。女性だから劣っていることは絶対にないので、フェアに勝負して女性が増えていくのが一番いいのですが。

長谷川:あと、若手研究者に向けた安定したポジションを増やさないといけません。そうしないと、女性だけでなく、男性も研究者になりませんよ。

大田:企業では離職率が高い女性には教育訓練の機会が少なく、結果的にやる気のある女性ほど辞めることになりがちです。この負の循環を断ち切るために、大学にできることがあると思っています。大学や大学院は学び直しやリスキリングのための重要な場ですから、ここを支援する体制ができるといいですね。
文部科学省の職業実践力養成プログラムの認定を受けると、厚生労働省の専門実践教育訓練給付金の指定機関になれます。現行では要件が厳しいので、本格的なリスキリングの場になるよう、実態に合わせた要件の柔軟化が望まれます。国立大学としても、国立大学協会を交えて、政府とも連携を取り、リスキリングのプログラムを広く社会に提供することは大切だと思います。

長谷川:これからは大学、企業、官庁のそれぞれが資源をやり取りしながら連携していったら、日本の社会は大きく変わると思います。

佐々木:今、企業ではダイバーシティを推進するための取り組みをたくさんやっていて、それを統合報告書などで公表しています。国立大学でも、自分たちのやっている取り組みを広く社会に発信していくことが大切だと思います。1つ1つの大学はもちろんですが、国立大学協会としてもダイバーシティやインクルージョンについて積極的に発信して欲しいです。

〈国立大学における男女共同参画推進の実施に関する第18回追跡調査報告書(2022年1月より)〉

図1 教授・准教授・講師・助教の女性比率の推移

第1回調査(2001年度)から第18回調査(2021年度)までの職名別の女性比率の推移

図2 専攻分野別 女子教員比率

第18回調査(2021年度)における専攻分野別女性教員比率
※専攻分野の分類は令和3(2021)年度学校基本調査の学科系統分類表に基づく

理系女学生、女性教員、役職女性を増やせば、女性学長も増える!

− 先生方のような女性学長を増やしていくためには、どうすればいいですか。

:最近は副学長などには女性が1〜2名確実に入ってくるようになりました。この流れは定着させていくべきです。でも、学長は国立大学全体で女性はこの5名がすべてです。特に総合大学の学長は理科系や医学部のご出身がほとんどで、それらの分野に女性が少ないというのが根源的な問題だと思います。国立大学全体として、理科系の女性学生、女性教員の比率を上げていくことがなにより必要です。

長谷川:副学長は確かに増えていますが、男女共同参画、広報などの担当が多く、総務や財務などの中心部門を担当する人が少ない印象です。メインストリームの部門に女性の理事や副学長が増えないと女性学長はなかなか増えないのではないでしょうか。今の若い人たちは競争が激しいので、大学の運営にあまり関わりたくないという雰囲気も感じます。

:ライフイベントでいろいろと忙しいから、そこまでやれませんと断られる場合もあります。

長谷川:そういう場合は、負担が軽減する方策とセットにしないといけないですよね。

佐々木:お茶の水女子大学は他大学と少し雰囲気が違うかもしれませんね。総括副学長として財務などを束ねているのは女性です。私自身も、女性だから、卒業生だから頼まれるのかなと思いながら、いろいろな役職を引き受けてきました。その経験から「あなたもできる」と言うと、みんな張り切って引き受けてくれます。最近は、あまり難しいことを考えずに、これはという人にお願いすればいいのだなと感じています。

岡本:大阪教育大学でも、役職などをお願いすると男女ともに引き受けてもらえることが多いです。私は若い人たちにも学長補佐に入ってもらっています。若い人たちに大学運営の一端に関わって頂き、いずれは大学運営の中心を担うように育っていって欲しいと思っています。本学は人材が育っている世代と層の薄い世代があります。私に与えられた役割は次代を担う人材の層を厚くすることだと思い、一生懸命取り組んでいます。

− 最後に、先生方からのメッセージをお願いします。

:大学は自由で、自分のやりたいように能力を発揮できる場です。男女の差なく活躍できる場でもあると思うので、若い人たちにはいろいろなチャレンジをして欲しいし、研究者を目指す道が楽しいものであることを知って欲しいです。

岡本:大阪教育大学は地方にある大学です。首都圏の大学は女性学長が活発に活躍できるイメージがあります。でも、地方大学には地方大学のよさがあり、楽しさがあります。女性、男性関係なく、地方の国立大学を活性化させていきたいです。

長谷川:研究者は自由で楽しいことを若い人たちに知ってもらい、この道を目指してもらえればと思います。特に女子は進路指導の先生や親の言うことに影響を受けることも多いと思いますが、自分がやりたいと思ったことはちゃんとやれることを伝えたいです。やってみたらおもしろいですし、おもしろければ続けられます。私はいろいろなことがありましたが、ここまで来ました。

佐々木:今は国境を越えて様々な問題が起きています。そのような問題を解決するには知識と一緒に取り組む仲間が必要です。大学はそれらのことができます。社会を巻きこんで、世界の様々な組織と連携して、新しい価値を創造していきましょう。

大田:日本は、安定した民主主義国家で、アジアの中でもとても貴重な国です。自由な議論のできる開かれた国である一方で、リーダーシップを取っている女性がとても少ない国です。日本では女性学長はまだ珍しい存在ではありますが、これから女性学長が当たり前と思える国にしていければと思います。

※写真撮影時のみマスクをはずしています。