69号 LEADER’S MESSAGE 特集【国立大学のこれから】

日本や世界の課題を解決し、
存在感を示せる国立大学に向けて

グローバル化の進展によって、日本と世界の結びつきはより強いものとなり、
日本の経済環境は大きく変化した。
グローバル化は大学にも及び、日本の大学も世界の大学の中で評価される時代になった。
また、日本には少子高齢化、経済停滞などの課題も山積している。

このような時代に国立大学はどうあるべきか。

これからの国立大学のあり方や果たす役割について、
6月の総会で選出された会長と全副会長が語り合った。

世界とつながり、交流の場となるために

永田:国立大学のあり方、存在意義などを考える際に、2つの観点が大切だと考えています。1つ目は、ものごとをグローバルの水準で考えること。今までは「国際化しよう」と考える方向性が強かったと思いますが、そうではなく日本人はすでに国際社会の一員であるというところから出発するのです。2つ目は86ある国立大学全体をシステムとして活かしていくことです。

大野:グローバルな視点は、今の国立大学には必須だと思います。日本はエネルギーや食料を自給できない国です。そのため、どうしても世界とつながっていく必要がありますし、世界の平和と安定に貢献することが求められます。その意味で日本の国立大学は世界の人たちにとって魅力のある大学になり、世界とつながり、交流する場として機能することが大切ではないでしょうか。

佐々木:国立大学を通じて世界とつながるという考え方はとても重要ですね。個別の話になりますが、私が学長を務めているお茶の水女子大学はグローバルに活躍する女性リーダーを育成することを使命としています。大学の規模はあまり大きくありませんが、国立の女子大学であることは、社会での女性活躍にも貢献できると考えています。

寳金:現在、国際社会での高等教育の評価はTimes Higher Education( THE )の指標を基に行われています。THEの指標は客観性もありますし、素晴らしい評価方法だと思いますが、イギリスの基本的な教育戦略も反映されています。日本はTHEだけに頼るのではなく、グローバル社会の中でも活用できる日本独自の評価基準をつくり、国際的な場での発信を強化するなど、教育の国際戦略をしっかりと立てるべきでしょう。

藤澤:国立大学は質の高い多様な大学が集まっています。その多様性を活かし、連携や競争をしながら最終的には「国立大学システム」として世界に打って出るような形にしていく必要があります。ただ、現状は外国人教員の比率も低く、学生の受け入れや海外派遣も少ないので、国際社会の一般的な大学教育からはかけ離れている状況です。現在の国立大学の良さを活かしつつ、世界に誇れる教育システムを国立大学全体でつくるべきだと思います。

寳金:私は、国立大学の本質は多様性にあると考えているので、その強みを活かして国立大学全体のシステムをつくっていければいいですね。

これからの国立大学の役割

藤澤:これまで国立大学は日本を支える優秀な人材を輩出するという自負を持ってきました。特に神戸大学のような地域の中核大学には地元の自治体や企業からの期待がとても強くあります。もちろん、私たちも地元とのつながりを重視しています。残念ながら卒業生が地元に残る割合は少ないのですが、大学としては地域を守ることは意識しています。研究や教育などの事業において自治体と一緒に地方創生に取り組むことは国立大学の責務だと思っています。もちろん、それだけでなく、グローバルな視点も併せて必要ですが。

大野:国立大学には優秀な学生が高度な人材に成長する場となる責務があります。先日、産業界の人たちと議論する中で、日本を代表して国際社会で議論や交渉ができる人材が少ないという意見が出ました。企業がそのような人材を育てるため社員を大学で学ばせたいとなったときに、大学に十分な環境が整っていません。
国立大学は学生諸君からの学費と共に、税金から支出される運営費交付金で運営されています。社会的に価値のある活動をしていることをより一層示していく責任があります。そこが国立大学たるゆえんだと思います。

永田:国立大学が国全体に対して責任があるというのは、大野先生のおっしゃる通りです。

寳金:教育、研究といった活動で優秀な学生を育て、優れた研究を発表していくことは、大学として当たり前のことだと思います。欧米の大学はそれらに加えて社会との連携をしっかりしているという印象があります。日本の国立大学も社会の中で信頼され、社会から付託される存在になる必要があるでしょう。執行部を含めて社会との連携をより意識して活動することが求められているのではないでしょうか。意識を切り替えれば、大きな違いが生まれると思います。

佐々木:今、企業にはCSR(企業の社会的責任)が求められていますが、大学にもCSR と同様のものが求められていると感じています。大学の中に閉じこもって教育と研究をするだけでなく、世界も含めた社会課題に目を向け、人々のウェルビーイングを向上させるためにも、社会との連携は欠かせないですね。それに、最近、企業の方たちとの話し合いの中で、DEI(多様性・公平性・包摂)を志向するためでしょうか、特に女性の力に期待されていることを感じています。

少子化の中で大学は

大野:人口減少の時代に大学のサイズがどうあるべきかは、早急に議論すべき話題です。人口が減るので大学のサイズも小さくするべきという意見もあれば、将来のためにサイズを維持するべきとの意見もあり、そのあたりをしっかりと整理しなければいけません。人口が減ると相対的に間口が広くなり、入学してくる学生の学力が問題になるのではと考える方もいます。一方、これまでの入学試験で測っていたもの以外の学生の力を見ていくことも求められるのではないでしょうか。あるべきサイズに加えて大学における教育の力も問われていくことになると思います。

寳金:人口減少はなかなか難しい問題です。都市部と地方では人口減少の速度が全く違います。人口減少が加速している地域では、国立大学でも学部等によっては倍率が1 に近くなっています。人口減少はとても強い圧力なので、これをはねのけ、それぞれの地域で若年層を支え、育てる組織であり続けるためには、大学を適切にリフォームしていく必要があります。これは簡単ではありませんし、痛みも伴うでしょう。でも、そういうことを考えないといけない時期に来ていると感じています。

藤澤:若年層だけでなく、日本人の人口も減少する時代になっていますが、国としては優秀な人材を輩出していくことには変わりません。その中心となるのは、やはり国立大学です。その自負を持って今まで以上に教育と研究の環境を整備していかないといけないと思います。昔と比べると国立大学の門戸は広くなっています。医学部を例に取ると入学定員が少し増えた一方で18 歳人口が減少してきたため、18 歳人口あたりの入学者は、40 年ほど前は200 人に1 人くらいでしたが、今では120 人に1 人くらいになっていると思います。さらに門戸が広くなるかもしれませんが、やはり国立大学は、その与えられた定員を最大限に活かし、今の時代に必要な優秀な人材の育成に力を入れていくべきだと考えています。

佐々木:これまでの議論を聞いていると、少子化はしかたがないという意見が多いですが、私は少子化を止めるために、お茶の水女子大学で何ができるかを考えています。そのためには、「男性が外に出て働き、女性が家庭を守る」といった日本に広く浸透している社会規範を変えていく必要があります。本学は今、そのような規範を変えていくために努力しています。国立大学は、優秀な人材を輩出すると同時に、社会全体のウェルビーイングを向上させ、日本の雰囲気を良くしていくために貢献していく、というメッセージを、もっと発信していくことが大切ではないでしょうか。

永田:日本の若年層が減少することは避けられないことで、国立大学のターゲットが社会人や外国人にも広がっていくのは明白です。これまでの国立大学は社会人や外国人が学びたくても、必要な情報がなかったり、門戸が開いていない状態だったりしていましたが、その部分はしっかりと情報発信をしていきたいと考えています。でも、単に社会人や外国人の学生が増えればいいというわけでもありません。しっかりと優秀な人材を育てられるよう教育や研究の質も担保していきたいと考えています。日本の人口が減っても、人材の力は増えるようにしていきたいです。

それぞれの国立大学が目指すべき姿

永田:国立大学は、どの地域でも高いレベルの教育にアクセスできるように各都道府県に1 校以上配置されており、向学心に燃えた人を育てよう、という共通の理念があります。共通する部分はシステム化して、「国立大学システム」を確立できればいいと考えています。また、86 の大学にはそれぞれの歴史があります。例えば、東北大学は日本で初めて女性に入学の許可を出し、門戸を開放した大学です。これは東北大学の重要なキーワードの一つになっています。同じように、全ての大学ではこれまで積み重ねてきた歴史の中で、それぞれの個性が育っているので、それをもっと前面に打ち出しアピールすることで、ブランディングになっていくと思います。

大野:ブランディングという意味では、おっしゃるようにそれぞれの大学の個性を意識する必要があると思います。大学の個性や特性は受け持っている役割を反映して自然に出てくるもので多様です。大学は教育、研究、社会との共創の3つの活動をやりながら、人材育成をしています。社会との関わりという面では、それぞれの大学が設置されている地域性は自ずと出てきます。自分たちの活動を進めれば進めるほど、それぞれの大学の個性は際立ってきます。それら特色ある大学群の総体として「国立大学システム」を考えることは大変重要な視点に思います。

寳金:私が常々思っているのは、「国立大学はクローン化してはいけない」ということです。大野先生のお話の通り、それぞれの大学は好むと好まざるとにかかわらず地域の特性を持ってしまうものです。でも、最近は大学のマネジメント面で国から画一的な対応を要求されることも多々あります。各大学が策定する中期目標・中期計画を同じフォーマットで書かないといけないのもその一つです。もちろん、国から運営費交付金を頂く以上は、ある程度、客観的な指標を用いて、均一な手法を使う必要があるのも理解できます。しかし、今のやり方はやり過ぎだと感じる部分もあるので、もう少し各大学に裁量がある自由度の高い方法でマネジメントできればと思います。

大野:大学の自由度を確保するには財源も大切です。インフレなどの外部環境が大きく変わる中で対応した運営費交付金がきちんと措置されることは国立大学が担っている責務を果たすために今まで以上に重要になります。一方で自助努力を可能とする規制緩和も必要です。今までの会計基準では、内部留保も認められなかったので、お金を積み立てられずエアコン1 台買えないようなところもありました。それも変わってきているので、大学の自由度が増す方向にルールを変えることを国と話し合っていくのも必要です。

藤澤:神戸大学では財源確保のため自治体や企業と連携してできる限り様々な取り組みをしようと頑張っていますが、一方で国の助成金も獲得したいと常に思っています。「地域中核・特色ある研究大学」を振興する強化促進事業や施設整備事業などに申請する場合でも、ある程度は国からの指導が入るので、最終的に一つの型にはまってしまいがちです。企業のように独自の新たな事業に10 年、20 年ぐらいかけて投資していくような自由な資金があるといいのですが、大学の中でそういう仕組みをつくるのはなかなか難しいものです。神戸大学はまだ発行していませんが、中堅の地域中核大学であっても大学債を発行するくらいの勇気を持たないと大きな独自の事業を推進していくことは難しい状況ですね。

佐々木:お茶の水女子大学は小さな大学なので、産官学連携はもちろんですが、他大学との連携も積極的に推進していきたいと考えています。

永田:各大学の学長たちからよく寄せられる意見が、「連携したい気持ちはあるが、どうやっていいかわからない」というものです。研究者同士は個別に連携していますが、大学同士で連携するとなると、相手の大学の想いや考えがわからないと踏み出せないものです。ですから、それぞれの大学が将来の目指す姿などをはっきりと示せるようにしていきたいと考えています。
今の時代は一つの大学だけで全てのことはできません。まずは86 の国立大学の共通基盤となる国立大学システムを構築することが必要でしょう。個性あふれる教育や研究をそれぞれの大学でやるとしても、世界の大学と連携しやすいように、国立大学システムをしっかりと整備して、共有したい。システムにはいろいろなものがあります。教育であれば、例えば講義をナンバリングして、一人ひとりの学生が修得した内容を一目でわかるようにすることです。システムの整備は教育や研究の質を保証する役目もあります。システムは共通にしても、それぞれの大学に寄り添うことで個性も発揮できるという感覚が持てればと思います。

寳金:国立大学システムの中身はこれから考えていく必要があるので、とても大きなテーマだと思います。一方で、国立大学間でも分断と格差が起こり始めています。富めるものはますます富み、貧するものはどんどん貧するという「マタイ効果」が様々なところで見られます。国際卓越研究大学や地域中核・特色ある研究大学などが立ち上がる一方、教育や研究を維持するのに苦しんでいる大学も現れ始めました。そういう大学も含めて国立大学システムを維持し、優れた高等教育や研究を継続することが、今後10 年の大きな課題になるでしょう。

藤澤:国立大学のこれからを考えると、資金の問題に行きつきます。国は大学資金の多様化を求めていますが、大学の土地を民間企業などに貸し、独自資金を得ようとしても、財務省の審査が年2 回しかなく、思い通りに進んでいません。このような例は多々あります。どの大学も必死で財源の多様化に取り組んでいます。それを後押しできるように、制度緩和をどんどん進めていくことがとても重要だと考えています。大学を預かる身としては研究者が自由に使える資金を増やし、時間的にも余裕のある研究環境が整えられればと思います。

永田:これから国立大学がもっと伸びるためにも規制緩和は必要です。特に税制改革は必須だと思っています。寄付金などへの税額控除をもっと拡大してほしいですし、法人税控除まで踏み込んでいただければ、日本全体の寄付マインドを変える引き金になると思います。日本は教育に対しての投資がなかなかされにくい国です。税制改革によって大学への寄付や教育への投資に目が向けられるようになればありがたいです。そして欧米の大学のように集まったお金をしっかりと運用するため外部委託運用をやりやすくする環境づくりもしていきたいのです。今、志のある大学が参加して外部委託運用できるシステムを準備しようとしているのですが、いずれ日の目を見ると思っています。

佐々木:お金も大切ですが、各大学に勤めている教職員も人的資本として大切なものです。最近、若い研究者との対話を通じてグローバルに活躍することに前向きで意欲的な姿勢であることを再確認しました。研究者たちが希望を持ち、モチベーションを維持して活躍できるためにも大学としてどのように支援できるのか、原点に立ち返って考えることが重要だと思っています。

永田:いつの時代になっても、私たちは学生に選ばれないといけない立場です。優れた人たちが国立大学で学びたいと思えるように、教育や研究についてしっかりと発信し、社会の中に浸透していく必要があります。大学発の成果が実際に社会で役に立つようになるとさらにいい。それ以外に国立大学が生き残る道はないでしょう。
日本は少子高齢化という大きな問題を抱えています。具体的な対応策も必要ですが、そのような環境でも、国立大学は日本に必要な高度人材を育成し続けるという覚悟を持たないといけません。その目標を実現するためには、様々な変化が必要になりますし、必要なことは躊躇なく変えていきたい。86 の国立大学全体で意見交換しながら、世界で存在感を示せる大学群になっていければと思います。