71号 OPINION 特集【魅力あふれる大学キャンパスとは】
出会いが学びを、社会との接点が創造性を生む魅力的な「空間」としてのキャンパスを目指して
建築家
妹島 和世
魅力あふれる大学キャンパスとはどのようなものなのか?
国内外で数々のキャンパス内の建物の設計を手掛けてきた妹島和世氏が注目するのは、教育、研究といった「機能」の間にある「空間」の力だ。
妹島氏が建築を通じてキャンパスを設計するにあたり考えてきたこと、こらしてきた工夫を語っていただく中から、大学の持つべき機能、担うべき役割を踏まえた真に魅力的なキャンパスとは何かを探る。
キャンパスで生まれる出会いと交流が新しいものを生み出す力となる
妹島氏が初めて手掛けた大学関係の建築は2009年に完成したスイス連邦工科大学ローザンヌ校(以下、EPFL)内にあるROLEXラーニングセンター。図書館、レクチャーホール、食堂等が入っている。
「コンペから始まったプロジェクトですが、大学の設計は是非やってみたい仕事の一つでした。大学キャンパスは、文化的施設であると同時に生活、日常が混じり合っていて、そこは様々なことが起こる場であり、それがとても面白いと感じたからです」
さらに、ROLEXラーニングセンターのプロジェクトに興味を惹かれた理由には、大学側から提示された「新しい教育の場とは何かを考え、提案してほしい」というテーマもあった。このとき妹島氏が考えたのが、大学は「出会える場」であってほしいということだ。
「大学には、異なるいろいろなことを学ぶ人たちがいる。その人たちが出会って交流することで、何か新しい発見が生まれるのではないかと考えたのです。このことは、大学の『建物』を考える上でも、もう少し広くキャンパス全体について考える上でも同じだと思っています」
ところが、実際にEPFLのキャンパスを歩いてみると、出会いの場がすごく少ないのに気づいた。ただ広い空間があり、学生がどこにいるのかわからない。学生にヒアリングしてみると「授業と授業の間にいる場所がない」と言う。研究室に所属すれば居場所はできるが、基本的には毎日授業に来て終わったら帰るだけの日々だ。「もうちょっと『滞在』できる、気持ちのよい場所があればいいのに」。そう思ったことが、妹島氏のその後のキャンパス建築設計の原点となっている。
建物から学生があふれ、社会と接点を持つ日本女子大学の新キャンパス
こうした思いは、妹島氏が卒業生としてグランドデザインを担当した、日本女子大学「目白の森のキャンパス」にも込められている。
建築計画は、日本女子大学創立120周年記念事業として2012年にスタート。当時川崎市にあった人間社会学部が目白キャンパスに移転し、創立120周年を迎える2021年4月には大学創立の地である目白に4学部15学科と大学院を統合するというプロジェクトだ。このプロジェクトで妹島氏は、グランドデザインの他、百二十年館や図書館など4つの建物を設計している。
「最大の課題はキャンパス統合でした。目白という都心の、ただでさえ建て込んだ場所が、それまで4000人だった学生が2000人増えて6000人になるという。高密度になりながら快適である空間をどうつくるかが問われていました」
そこで考えたのが、「学生がいろいろなところにあふれているキャンパス」というコンセプトだ。
「いろいろなタイプの学生の滞在できる場所、ディスカッションしていたり、ただご飯を食べながらリラックスしていたり、あるいは静かに本を読んでいたりできるといい。さらにその姿が『見える』方が尚いいと思いました。姿が見えることで、様々に異なる分野を勉強している人同士が出会うチャンスが増えると考えたからです」
こうした発想で新設された百二十年館は、大きな吹き抜けの中庭を備え、1階の半分以上をピロティ構造とすることで、その周りに建つ複数の既存の建物を視覚的、物理的につなぐものとなった。そのことで、堅牢な建物の中に学生が入って見えなくなってしまうのではなく、姿が見える状態が生まれている。
また、こうした構造は大学の内外を自然につなげる役割も果たしていて、妹島氏が重視するもう一つのコンセプトである「社会と接点があるキャンパス」の実現にもひと役買っている。
「大学というのは、日本のため、世界のために人を育てる場所であり、社会全体で大切にしていくべき場所だと思うんです。一方で、社会に大切にされている分だけ、大学側にも社会に対する責任がある。だから、折に触れて開放したり、大学の中にいる先生方に市民が話を聞ける機会があるといいし、それがしやすい構造になっているといいと思うんですね。また、そうやって社会の一部につながっていることは、学生が学びながら自分の考えを広げていく上でも大きな意義を持つはずです」
大学は、大学内部で育まれたものを社会に返し、返しながら自らも学んでいく。キャンパスはそんな相乗効果を支える存在にもなれるのだ。
大学が築いてきた時間を通じた知の蓄積 キャンパスを通じてそれに接続する
日本女子大学での仕事を通じて妹島氏が感じたことの一つが、大学が内蔵する時間が持つ価値だ。
「日本女子大学は、日本で最も古い女子大ということもあり、七十年館、八十年館というように、百二十年館以外にも『○○年館』という建物があります。そういう時間による知の蓄積が、大学にはあるわけですね。いわば時間とつながることができる、こうした特性は大学ならではです。たとえば商業施設であれば、廃れてなくなってしまうこともあるかもしれません。ですが大学であれば、ずっとつなげていく場所であり得るのではないかと思います」
「時間につながっていける」という大学の特性を活かすため、形にしてみたいプランもあるという。
「キャンパス計画の授業で学生から出たアイデアで、『大学の先生が退官されたとき、キャンパス内に小さな小屋をつくり、その先生のパビリオンにする』という案があったのですが、これは素晴らしいアイデアだと思いました。一つ一つの建物が、先生の蔵書や研究を収めた小さな図書館のようになっていて、訪問すれば先生の業績に触れることができる。学生にとっては、今自分が勉強していることが、大学のキャンパスという場所でずっとつながっていることを感じることができ、未来についてもイメージしやすくなる。実現してみたいなぁと思います」
キャンパスは、学生がそうした価値を感じる場でもある。妹島氏がキャンパスを考えるとき「全体像を感じられるように」と考えるのもそのことと無縁ではないだろう。
「一人ひとりの学生にとっては、キャンパスの中で自分が主に使う場所は固定化されているかもしれませんが、全体像として、どこに何があり、どういう人が学んでいるかを感じられる方がいい。日本女子大学の場合は高密度なので『みんなの姿が見える』ことを考えましたが、広いキャンパスであれば、たとえば中央に公園があってそこから道が放射線状に伸びているなど、空間的に全体像を理解できるものなども考えられると思います」
教育、研究という機能の「空間」にこそ生まれる新しい学びやアイデア
大学の機能という面ではどのようなことを意識しているのか、妹島氏の考えを聞いてみた。
「大学の機能には集中と広がりの両方があると思うんですね。静かな環境で、個人で集中できることも重要ですが、大学には、そこにいる人同士でディスカッションをする、あるいはもっと外に発信をしていく機能もある。そういうことを空間的に実現できれば、今度は学生がそれらを違う形に組み直していくということも起こるのではないかと思います」
こうした「空間」という捉え方は、従来の大学キャンパスにはなかったものかもしれない。教育という機能を果たす「教室」、研究という機能を果たす「研究室」は備えてきたが、妹島氏が指摘するのはそうしたことを超えた機能だ。「従来の教室や研究室という機能の『間』で、学んだり思いついたりすることはたくさんあるはずです。私も、教育や研究といった機能についてはもちろん考え、それが快適にできるよう設計しますが、そのためにしか使えないというのではよくない。使用する人が好きなように機能を拡張できるように常に考えています」
大学を空間と捉えると、その中で「一緒に学ぶ」ことの意義も捉えやすい。
「同じ空間で学ぶことで、知らない者同士であっても、同じ大学の一員だと感じられるようになり、そのことがプライドにもなります。そのことで、自らも大学の一員として果たせることは何かを考える心が芽生えるのではないでしょうか」
「建物を設計するときも、その形以上に空間が重要」だと妹島氏は言う。「大切なのは、『自分の場所』を感じられること。そういう意味では、天気がいい日には屋外に出て、キャンパスじゅうに点在して授業を聞いてもいい。それができれば、大教室どころかキャンパスが大講堂になるということですよね」。また、自分の好きな場所を探したりつくったりしていけることも大切だ。「たとえば、図書館に大テーブルもあれば狭いカウンターもある。明るいところもあれば暗いところもある。自分の好きな図書館を組み立て直せることを目指しています」
キャンパスの機能といえば、最近は、「集える場所」としてのラーニング・コモンズに注目が集まっている。その一般的なイメージは、「従来の静かな学習空間とは異なり、ディスカッションやグループワークができるよう整備したスペース」といったところだ。
「人が集まれる」ということは、妹島氏がキャンパスを設計する上でも強く意識するポイントの一つでもある。ただそれは、「ラーニング・コモンズとはこのようなものだ」という典型的なものでなくてもよい、とも妹島氏は捉えている。
「ラーニング・コモンズというと何となく、それ用の家具を置いて専用のスペースをつくるようなイメージがありますけれども、そうではなくて、たとえばただ通り道に庇があるというだけでもいいと思うのです。むしろ、もっといろんな場所で、いろんなことが起こればさらにいい。だから日本女子大学のプロジェクトでは、食堂の上階であったりただのテラス席であったり、様々な場所にそうしたスペースを点在させました。よく『公園のように』と言うのですが、『ここでこうして過ごしなさい』というのではなく、まさに公園のように人が思い思いにいられることが、『集う場』をつくることにもなるのではないでしょうか」
思考に具体性と創造性をもたらす街の力 街を豊かなものに変えていく大学の力
既存の大学のキャンパスに対しても、「こうだったら面白い」と思うことや、新しいアイデアを聞いてみた。
「伝統ある大学には、時間をかけて生まれた素晴らしい雰囲気がありますが、たとえば1階にだけ、どの学科からも入ってこられるスペースをつくるとか、中が丸見えのところが一つ加わると面白いかもしれませんね。その中で行っている実験などが全部見えたりするような……他の場所はそれぞれ独立していても、そういう場所を一つつくることで、周りが新たに関係づけられるようになるのではないかと思います」
個人的に面白いと感じたのは、岡山大学医学部の最も古い建物だという。
「ドイツから帰っていらした教授のためのもので、当時のドイツのスタイルらしいのですが、一つの棟の中に先生の研究室があり、階段教室も実験室もあって、先生を中心にしたその先生の家みたいなあり方なんですよね。一人の先生という単位で閉じているようでもありながら、研究棟と実験棟と教室が分かれた現代のキャンパスと比べると何だか開いているようでもある(笑)。学生の人数が少ない時代だから可能だったことで、今そのまま真似るのは難しいかもしれませんが、研究や教育という機能ごとに建物を分けるのではなく、違う組み合わせを考えてみたら楽しいのではと考えるヒントになりました」
妹島氏が新たなアイデアとして提案するのは、「街なかの分室」だ。
「研究室が手狭になったときなどに、街の中に分室をつくれば、大学と行き来するだけで街の機能を自然に取り込むことができます。街の生活の中で、大学の教室で学ぶのとは違った学び方ができることは、学生にとっても大きなメリットであるはずです」
「街の力」について考えるとき、妹島氏が思い出すのはある大企業のオフィスの話だ。その企業は、地下鉄駅からそのまま上がった場所に最先端のオフィスを構え、ビル内にレストランも備えたことで社員はランチのために外出する必要もなくなった。そして同じビル内には思索のためのスペースなどクリエイティビティを刺激する工夫もこらしているという。
「でも考えてみれば、もしビル内にレストランがなければ、社員は外にランチを食べに行くわけで、そうやって街に出れば歩きながら考えごともでき、街から受ける刺激もあるんですよね。そういう環境が持つよさを離れたところに、本当に創造的なものがあるのだろうか?と思うのです」
大学キャンパスにまつわる傾向に目を向ければ、スペースの問題や各種の規制に縛られがちな街なかのキャンパスを売却し、広々として自由な設計が可能な郊外に移ろうとする動きもある。妹島氏は、静かな環境で研究・教育を行う意義については認めながらも、「やはり街と接点を持つ面白さは捨てられない」と説く。
「たとえば郊外の更地に広大なキャンパスをつくると、思考も抽象的になりがちだと思うんですね。学問にとっては抽象的であることも必要かもしれませんが、すべてのものから切り離されると、やはりあまり面白い場所にはならないのではないでしょうか。私自身はやはり、大学には街とのつながりがある方がよいように思えます」
大学が街と接点を持つことは、街への貢献にもなり得る。たとえばシカゴのイリノイ工科大学は、地域の中に大学のキャンパスが広がり、そのことで地域が改良され魅力的になってきているという。
「日本なら、たとえば自治体の協力を仰ぎながら、街なかの空き家を活用することなどもできるのでは。引き取り手がなく問題になっている空き家が大学の施設として活用されるのであれば、空き家の持ち主である市民も嬉しいのではないでしょうか」
「新しいタイプの公園」として社会にとっても魅力的なキャンパスへ
「大学にはいろんなあり方があると思いますが、どの大学であっても、若い学生の方がそこで一定の時間を学んで過ごし、世の中に出ていくということ、そしてそこにはたくさんの先生方がいらっしゃるということを思うと、大学の持つ『財産』は素晴らしい」と語る妹島氏。特に国立大学については、「素晴らしい人材が生まれる可能性を秘めた場所であり、ぜひそうした人材に生まれ出てほしい」とエールを贈る。
同時に、国立大学のキャンパスについても、他にはない場としての価値と、それへの期待を語ってくれた。
「国立大学の広大なキャンパスは、学生だけでなく社会にとっても魅力的な、新しいタイプの公園になれると思っています。大学は、多くの人がある方向に向かって一緒に勉強したり研究したりしている場所であり、そこには、大学にしかつくれない雰囲気があります。そうした雰囲気の中で散歩したり、少し座って本を読んだり、ときには一般の人が参加できるイベントのようなものが開催されていれば楽しいですよね。国立大学の構内にはよく銅像などもありますが、そういうものを見て歩き、『こういう先生がいたんだな、こういう研究があるんだな』ということを感じるのもいいもの。先ほどお話しした『退官した先生のパビリオン』も、同じ意味で魅力的です。大学が生み出すものは、たとえ誰もが理解できるものではなくても、触れているだけで何となく楽しいもの。大学にしかつくれない『キャンパス』の雰囲気、それが全体的な知性の底上げになったり、大学へのリスペクトになったりもするでしょう。社会に向けて、遊ぶだけの楽しさではないそうした価値を提供できることもまた、大学のキャンパスが魅力的であるということの意味なのではないかと思います」
妹島 和世(せじま かずよ)
1956年生まれ。茨城県出身。日本女子大学家政学部住居学科卒業後、1981年に同大学大学院家政学研究科住居学専攻修士課程修了、伊東豊雄建築設計事務所に入所。1987年に妹島和世建設計事務所を、1995年に西沢立衛氏とともにSANAAを設立する。2010年、建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞。2015年、政府が海外主要都市に創設する日本の対外発信拠点「ジャパン・ハウス」の有識者諮問会議メンバーに選出。2016年紫綬褒章受章。主な建築作品に、金沢21世紀美術館、ルーヴル・ランス(ランス・フランス)など。大学建築ではROLEXラーニングセンター(ローザンヌ・スイス)、ボッコーニ大学新キャンパス(ミラノ・イタリア)、日本女子大学、岡山大学、大阪芸術大学等を手掛ける。