61号 LEADER’S MESSAGE 特集【レジリエント社会の構築に向けて】

国立大学の総合知とネットワークを生かして次代のレジリエンス創出を支えていく

 

東北大学総長        北海道大学総長
大野 英男   寳金 清博

 

 

最高水準の学問を追究しつつ、現代社会の広範な課題の解決に寄与することが期待されている国立大学。

日本にたびたび深刻な被害をもたらす震災や豪雨などの自然災害、人類の生活・生命を脅かすパンデミックなど、近年ますます関心が高まる様々なリスクに国立大学はどのように対応し、「レジリエント社会」の実現に貢献していけばいいのか。

今号の Leader’s Message では、近年日本で発生した巨大地震で直接的な被害を受けた 2 つの国立大学のトップ、東北大学の大野英男総長と北海道大学の寳金清博総長に、被災時の経験にとどまらず、これからの社会のあり方や国立大学の役割・課題などについて幅広く考えを語り合ってもらった。

被災経験を通じてレジリエンスと向き合った両大学

寳金:私と大野先生は同じ高校で席を並べて学んだ旧知の仲ですが、奇しくも同じ時期に二人とも国立大学の総長を務め、しかもそれぞれの大学が前例のないレベルの大地震に襲われるという共通の経験をしました。両大学にとってレジリエンスの問題に向き合う重要な契機になりましたね。

大野:ええ。東日本大震災における東北大学の被災状況ですが、キャンパス内建物のうち 4 万㎡が使用不能となり、学生や入学予定者3名が残念ながら学外で亡くなりました。また、学内の電気や水道などのライフラインが約 1 か月にわたり停止し、大学全体が大きな影響を受けました。しかし、最も被害を受けたのは、ご存じのとおり東北地方の太平洋沿岸部です。本学では被災者救護のために、大学病院のスタッフが震災発生直後に現地に向かったほか、大学構成員が自発的に 100 以上ものアクションを起こしました。大学はすぐに新組織「災害復興新生研究機構」を設立し、政府の支援も受けて「災害科学国際研究所」や、被災地における次世代型医療の展開を目指す「東北メディカル・メガバンク機構」など 8 つの大型プロジェクトを推進しました。これらの取組をさらに発展させるため、「仙台防災枠組」「SDGs」「パリ協定」という2015 年に決まった国際社会の 3大アジェンダを視野に入れ、コロナ禍からの復興、世界の脱炭素化の加速を踏まえて、持続可能で耐災害も併せ持つレジリエントな未来社会の実現に取り組む「東北大学グリーン未来創造機構」を2021年4月に発足させました。

寳金:北海道大学は東日本大震災では直接的な打撃を受けることはなく、すぐに東北地方の支援に動きました。当時私が副病院長を務めていた大学病院が中心となり、まず被災地に医療部隊を派遣。新千歳空港が閉鎖されたため船と陸路で移動するなど様々な苦労がありましたが、国立大学同士の連携がスムーズな活動を支えました。混乱する現地で大学単独で活動すのには限界がありますが、国立大学のネットワークのおかげで「公助」が動き出す前の「共助」を組織的に進められました。

大野:東北大学も震災直後の苦しい時期に国立大学協会からも含め国内外から支援を受け、大いに助けられました。北海道大学は、その後の北海道胆振東部地震で苦労されたのではないですか。

寳金:はい。2018 年 9 月、台風 21 号の暴風被害を受けた直後に震度 7 の大地震に見舞われました。揺れの大きさもさることながら、より深刻だったのは北海道全域で発生したブラックアウトです。この大規模な複合災害の経験を踏まえて、本学は「広域複合災害研究センター」を設置しました。そのほか大学病院 DMAT隊の派遣や防災シンポジウムの開催など多くの活動に取り組んだことで、災害対応に関する経験値が高まりました。一方、反省点としては、被災を記録する取組が不十分だったことが挙げられます。「喉元過ぎれば~」と言いますが、最近の豪雨災害などは喉元を過ぎるのを待たずにやってきますから、一時も油断はできないのです。また「治に居て乱を忘れず」という言葉もありますが、平時にあっても万一の事態を心に留めておく、すなわち「乱に居て治を忘れず」のために、災害時の実状を詳細に記録して後世に伝えることは、被災を経験した大学の大切な務めだと思います。

※DMAT:Disaster Medical Assistance Team

大野:大学から社会への情報発信にも関わる話ですね。本学には震災以前から仙台平野のボーリング調査を行って周期的に津波が発生していることを突き止め、警告を発した研究者がいました。従来の学説と異なったため、残念ながら原発も含めた防災対策には間に合いませんでしたが、別の見方をすると、大学という場であったからこそ新たな発見を追究できたのだと思います。いつ来るか分からない災害に備えるためにはロングタームの継続的な研究が不可欠です。これを実践できる組織は大学以外に見当たらないでしょう。また社会実装にあたっては、社会の側における災害に対する想像力の醸成が必要です。これら全体を考えると、長年にわたり日本のアカデミアを先導してきた国立大学は、レジリエントな社会づくりを中心となって担うべき存在であると強く感じます。

レジリエント社会の構築に向けた国立大学の役割と課題

寳金:国立大学がレジリエント社会の構築に貢献していくために、担うべき役割は三つあると私は考えます。一つは地域の防災拠点としての役割で、これは主に大学病院が活動の中心になるでしょう。北海道胆振東部地震や東日本大震災では北海道大学、東北大学の大学病院が大きな役割を果たしたように、全国にある国立大学病院は地域の災害医療の要として機能することが期待されています。二つめは学術研究機関としての役割です。レジリエンスに関する研究は、理学や工学をはじめとする自然科学から人文・社会科学まで、幅広い学問が関わる複合的サイエンスです。多様な学問領域をカバーする国立大学は、研究推進のメインプレイヤーと言えるでしょう。そして三つめは、レジリエンスを理解・実践する人材を育てる教育機関としての役割です。近年、「命を守るための行動を」という言葉がよく使われますが、これは当たり前のようで新しい概念です。サバイバルするために、人の生命を救うために何が必要か。そういったプリミティブかつプライマリーな知識に光を当てる教育が、大学ではより重要になってくるはずです。

大野:東日本大震災を機に、90 年以上本学で取り組んできた「宗教学」をバックグラウンドとして宗教者向けの「臨床宗教師養成プログラム」が開発されました。これは宗派宗教を超えた被災地の人々の心のケアなどを行う専門家を育成するもので、すでに延べ 200 人以上の修了者を医療機関に送り出しています。国立大学が有する多様な学術は、人材育成も含めた「総合力」が問われるレジリエンスに重要な深さと広さももたらします。寳金先生が挙げられた「防災・研究・教育」を中心とする大学の役割・機能をうまく組み合わせ、未来社会をあらゆる角度から支える総合力を紡ぎ出していくことが大切です。

寳金:人の心を癒やすケアサイエンスや地域との共生の科学など、今まで見過ごされがちだった科学領域は、社会のレジリエンス強化のニーズが高まるに連れてクローズアップされてきています。これらの学問に今より重きを置いていくことも、新しい時代に向けた進化が求められる大学の課題でしょう。

大野:そうですね。東北大学では防災科学を「実践科学」の一つとして重視していますが、こうした新たな学問を立ち上げていくためには、従来の学術体系にこだわり過ぎないよう柔軟に考えることも必要ですね。それに加えて私が強調したいのは、学術と社会の距離をより近づけていくことの大切さです。大学が常に社会を見つめ、その取組が人々の役に立つことを理解してもらわなければ、レジリエント社会の実現に不可欠な信頼関係も生まれませんから。

寳金:最近の言葉で言う「EBPM 」、すなわち「証拠に基づく政策立案」にも繋がってくる話ですね。正しいデータや人々のニーズなどをボトムアップして政策に提言する EBPM の推進については、日本は諸外国の後塵を拝しているとされています。地域とともに発展してきた全国の国立大学は、地域の声を吸収する素地と基盤を持っていますから、先頭に立って EBPM を牽引していけるのではないでしょうか。

※EBPM:Evidence-based Policy Making

パンデミックに対応していくために大学に求められること

寳金:今回のコロナ禍についても大学はただ手をこまねいていたわけではなく、以前から大学病院を中心とする数多くの研究者が疫学的研究などに取り組んできました。しかし実感として、アカデミアは今回のコロナを巡る政策立案に組織的にコミットできていなかったと思います。もちろん徐々に協力体制は強化されましたが、初めから深く関われればより効果的な政策立案の力になれたのではないでしょうか。ここで私が見習いたいのは、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の取組です。90 年も前に小さな寄付講座から始まった公衆衛生大学院は、今や世界のパンデミック対策をリードする存在になっています。いつ、どのように役に立つかもわからない「さざ波」のようなかすかな感染症の動きをモニターし続け、価値あるエビデンスを世界に提供していることに頭が下がります。組織運営の仕組や基盤が異なる日本の国立大学が全く同じようなスタイルで研究を行うことは難しいでしょうが、少なくとも社会や市民に視線を向けてエビデンスを追究する姿勢は持ち続けるべき。そのことが結局は大学に対する社会の信頼向上にも繋がっていくのです。

大野:同感です。簡単なことではありませんが、長期にわたる地道なアプローチの結果を社会に届けることが大切です。堆積物の研究から予測された 400 年周期の震度 7 の地震や大津波が起こり、コロナ禍のようなパンデミックも起きました。インフルエンザをはじめとするパンデミックを警告していた研究者は少なくありませんでした。それでも、我々の社会はすぐに適切なアクションがとれず混乱に陥った。感染拡大が始まってから全力で対応にあたるのは当然として、それ以前の段階で社会の準備のレベルを上げておく、レジリエントな社会づくりとは、その答えを探り出し社会全体で共有することにほかなりません。事態が進んだときに、平時のやり方を変える判断・行動を迅速に行うことがどれほど重要であるかも、私たちはコロナ禍で学びました。大学には長年の研究で手に入れた豊富な知の蓄積があります。これらをもとに、状況の変化に合わせて社会を組み直す、新しい発想やアプローチで課題に対応できる人材を育てていく役割が求められています。

長期的視野でこれからの社会の重要課題に取り組んでいく

大野:自然災害やパンデミックと同様、現代社会が直面する深刻なリスクとして対策が急がれているのが「少子高齢化」です。50 年後、100 年後の人口構成はかなり正確に予測がつき、様々な問題が顕在化しているにも関わらず、未だ有効な手が打たれていない。未来社会を見据えてアクションをとらなければなりません。2050 年以降のことですが、日本は世界で最初に 65歳以上の人口が増えなくなることから、高齢者に対する仕組を、若年層に移していくことも検討すべきと言われています。このような先を見通した提言を専門性に基づいて出していくことができるのも大学の強みです。あとは、それをどうすれば社会に発信し実装できるか。私は「社会とのエンゲージメント」と言っていますが、多様なステークホルダーとの対話や信頼関係が鍵を握るものと確信しています。

寳金:地球規模の長期的課題としては、気候変動の抑制を目指す「カーボンニュートラル」の推進も挙げられます。この実現のためには理系の技術はもちろん、消費行動や生活様式に関わる文系の様々な知恵など、文理融合の「総合知」が不可欠です。国立大学の大きな役割は、多様な学問領域にわたる幅広い知を駆使して国際公約にもなっているカーボンニュートラルの達成を後押しすること。さらに持続可能な未来社会創造の主役を担う若い学生たちに、総合知を身につける場を提供していくことも重要です。今の高校生や大学生たちの環境問題に関する意識や知識のレベルは、一昔前に比べて驚くほど高くなっています。彼らを預かり育てる大学としては、授業や教員の質を高めていくだけでなく、大学自ら気候変動の問題に積極的にコミットしていく姿勢を示していくことも欠かせません。

大野:全国47都道府県に配置されている国立大学は、第 4期中期目標期間に向けて国立大学協会がまとめた提言の中で、カーボンニュートラルをはじめとする地球規模の課題の解決とレジリエントな社会の構築に貢献していくことを宣言しました。キャンパスのカーボンニュートラル化はもちろんのこと、これらの喫緊の課題に大学同士が連携して様々なアプローチで挑戦していくことが大切です。さらにカーボンニュートラルは成長戦略の一つにも位置づけられています。東北大学は社会と共に「成長する公共財」であるべきと考えていますが、あらゆる大学がカーボンニュートラルに代表される地球規模の課題解決やレジリエンス、それを支えるイノベーションと人材育成を地域の成長と飛躍の力にしていくことが望まれます。

寳金:レジリエント社会の構築のためにアカデミアができること、やるべきことはたくさんあることを、本日の対談を通じてあらためて実感しました。国立大学間のネットワークを生かすとともに、多様な外部組織・機関との連携を図りながら、前向きに課題に取り組んでいくことが重要だと思います。

大野 英男 東北大学総長

大野英男(おおの ひでお)
1954 年東京都生まれ。

1977 年東京大学工学部卒業、1982 年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。北海道大学工学部講師、助教授を経て、1994 年東北大学工学部教授。同大学電気通信研究所教授、省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター長、電気通信研究所所長、スピントロニクス学術連携研究教育センター長などを歴任し、 2018 年より東北大学総長。専門は電子工学、応用物理学、スピントロニクス。

寳金清博(ほうきん きよひろ)
1954 年北海道生まれ。

1979 年北海道大学医学部医学科卒業。同大学医学部附属病院他で勤務後、カリフォルニア大学デービス校客員研究員、北海道大学医学部附属病院助手、柏葉脳神経外科病院医師、北海道大学大学院医学研究科助教授等を経て、2001年札幌医科大学医学部教授。2010 年北海道大学大学院医学研究科教授に着任。同大学病院長・副理事、副学長等を歴任し、2020 年より北海道大学総長。専門は脳神経外科学。

寶金 清博 北海道大学総長

※写真撮影時のみマスクをはずしています。